16 / 26
第16話◇桃川春季⑫
「ふぅ」
湯船に浸かって、春季はこのあとに蓮に伝える言葉を考えていた。最初の一言は、すでに決まっている。シンプルに、でもハッキリと伝えたい。今までの態度で充分伝わっているだろうけど、ちゃんと伝えたいし蓮の口からも言って欲しい。
「蓮……」
蓮の気持ちだって、言葉の端々や春季への態度で伝わってきている。それでもハッキリと言葉が欲しいと思うのは我儘だろうか。春季は今日、杉本が蓮に言った「付き合ってあげる」のセリフに負けたくないと思った。蓮は春季にとってかけがえのない人なのだ。
「よしっ」
勢いをつけて立ちあがると、浴室から出る。脱衣所でバスタオルを手に取ると、水気を拭き取った。いつも着替えの入っている、藤製の引き出しを開ける。
「……え?」
春季は戸惑った。たまに「彼シャツ」と言って、蓮が自分のシャツを春季に着せて満足している時があるので、理解できる。
……あまりしたくはないが。蓮が言うには、体格が違うので裾の中身が見えそうで見えないのが良いらしい。
問題はもうひとつのほうだ。見覚えはあるが、最近見かけなかったパンツ。
そう、ちょうど蓮との関係が大きく変わった、あの日以来だ。
「な、なんで今さら」
てっきり、捨てられたのだと思っていた。春季としても精神衛生上、そうしてもらえるなら、気が楽だった。
まさか、ここで持ち出されるとは。あの日の記憶が一気によみがえる。真っ赤になった春季は両手で顔を覆い、叫びたくなるのを必死で抑えた。大きく深呼吸してポツリと言った。
「うう、でもシャツ一枚よりはマシ」
なぜパンツを履くのに、こんなに恥ずかしいのか。これもお仕置きのひとつなのかもしれない。そう思いながら蓮のシャツを着ると、全身を鏡で確認する。
「大丈夫、見えてない……」
春季は自分にそう言い聞かせると、湿った髪のままリビングに向かった。ソファに座っていた蓮はひと目見るなり、満足そうに笑顔で手招きする。
「春季、おいで」
「うん……ねえ、蓮。このパンツってまさか……」
「ああ、やっぱり気付いた? 俺の宝物を特別に出したんだ」
「たっ、宝物? バンツだよ!?」
とんでもないセリフを聞いて、春季が目を大きくすると、蓮はニンマリ笑った。
「初めて春季に触れた記念日に、サプライズプレゼントを置いていってくれただろう?」
「ちっ違う! あれは慌てていて、見つからなかったから仕方なくっ」
「まさか、ノーパンで帰るなんて思わなかったよ」
「蓮……お願いだから、それ以上言わないで」
「春季、可愛い」
春季が早々に音を上げて、いつものように、蓮の脚の間に春季が座ると、ドライヤーで髪を乾かし始めた。蓮が嬉しそうに髪を乾かすから、春季も遠慮をしなくなったのだ。蓮の指先が頭皮をくすぐり気持ちいい。
目の前にミネラルウォーターをちゃんと準備してあるのも蓮がいつもしてくれることだ。
「よし。春季、俺も風呂に入ってくる。ベッドに行ってて」
「うん。そこで話がしたい」
「わかった」
春季に、チュッとこめかみにキスをおくると、蓮は部屋を出ていった。春季は背中を見送ってから、ミネラルウォーターのキャップを開けて、グイッと水分補給した。春季はゆっくりソファから立ち上がると、寝室に向かう。
もう何度、この部屋で蓮と抱き合っただろう。キュンと春季が蓮を受け入れるアナルが疼いた。そっと蓮のクローゼットから、あの時のネクタイを見つけて、手に取った。すうっと、香りを嗅ぐと蓮の匂いを感じた。
「───ナニやってんの?」
しばらく、そうしてウットリしていた春季に、戸口から蓮が静かに問いかけた。
「れん」
「春季」
手首にクルクルと巻き付けていた、ネクタイをそのままに、近寄ってきた蓮に抱きつく。湯あがりの温かい体温と、ボディソープの匂い。蓮も春季を抱き返してくる。
蓮の胸元で大きく吸い込んだ春季は、顔をあげて蓮をまっすぐ見つめて、今日言おうとしていた言葉を口にした。
「蓮、大好きだよ」
春季のまっすぐな言葉に、蓮は驚いたように息を詰めた。
ともだちにシェアしよう!

