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第22話◇桃川春季⑰
翌朝、春季が目覚めると隣に蓮はいなかった。少し寂しかったが、キッチンから物音がする。着替えを終えて春季が向かうと、蓮が朝食の準備をしてくれていた。コーヒーの香りがする。
「おはよう、春季。」
「おはよう。蓮、体調は大丈夫?」
「ああ。久々に飲みすぎたけど、二日酔いはしてないよ」
ホッとした春季は、頷いてから席に着く。
「美味しそうだ。ありがとう、蓮」
「いつものやつだけどな」
「蓮が作ると美味しくなるよ」
ハムと目玉焼きとトースト。レタスとミニトマト。コーヒー付き。蓮が用意してくれた朝食なんだから、当然美味しいのだ。テレビでニュースを観ながら話をして、準備ができてから一緒に出勤した。
「桃川、クライアントからメールきたぞ。明日で大丈夫か?」
「うん。すんなり決まりそうで良かった」
今回も契約がとれそうだ。蓮と笑顔で話をしていると、先輩に声をかけられる。
「悪い、霧島と桃川。ちょっとヘルプ頼む」
「どうしたんですか?」
「新人が、ちょっとやらかしたらしくてな。手を貸してくれ」
「わかりました。霧島も大丈夫?」
「ああ。さっさと終わらせよう」
先輩と新人は、クライアントのもとへ謝罪に向かった。その間に春季と蓮は、新人が間違って入力したところをチェックしていく。
「……ここもなんか数字おかしいんだよな。桃川どう思う?」
「本当だ。ちょっと待ってて」
春季はパラパラと書類を見ていくと、それらしき箇所を見つけた。
「多分、こことここの数字を逆に入れてるんじゃないかな?」
「……よし! これで合ってるんじゃないか?」
蓮が数字を入れ直すと、ぴったり数字が合った。
「うん! いいね、合ってる。はぁ、これでもう終わりかな」
「結構かかったな。お疲れ」
「霧島もお疲れさま。ちょっと休憩してから、作成途中の書類作らなきゃ」
二人で休憩スペースに行くと、蓮がカフェオレを手渡してくれた。蓮はブラックコーヒーだ。
「ありがとう」
「どういたしまして。今からだと定時に間に合わないな」
「そんなに遅くならないと思うよ。霧島は先に帰りなよ」
「いや、俺も残って作業しておく。一緒にメシ食おう」
テーブルに置いていた春季の手に、蓮の指先がさりげなく触れた。
「うん。なるべく早く終わらせる」
「ミスるなよ」
「誰に言ってるの?」
「ははっ」
ひと息ついたあと、明日の契約に必要な書類を作成し始める。定時から一時間と少し遅れて完成した書類を、蓮にも確認してもらってから、帰り支度をして一緒に会社を出た。
「蓮はなに食べたい?」
「俺は、ガッツリ肉が食いたいな。春季は?」
「オレもそうする」
会社の近くにあるレストランでお腹いっぱい食べると、その日は自分のマンションに帰ることにした。どうせ明日は金曜日だ。蓮と明日の夜の約束をして、最寄りの駅で別れた。
翌日、朝イチで新人が謝りに来た。春季と蓮が残業したことも聞いたようだ。先輩と謝罪に行ったクライアントは、しっかり釘を刺しつつ許してくれたらしい。
春季と蓮もめげずに頑張るように言った。子犬系の新人の目が、春季と蓮を見てキラキラしていたけれど、まぁいいだろう。
午後には、約束の時間にクライアントの会社でクロージングもすんなり進み、契約成立した。終始、満足そうな様子をみせていたクライアントに、春季と蓮は達成感に満たされた。
会社に戻り上司に報告すると、大きく頷きながら春季と蓮の成功を喜ばれた。
帰る時間になると、ようやく今週も仕事が終わって蓮と一緒に過ごせると春季の胸は高揚した。蓮も機嫌が良さそうだ。
本当に良い一日だったのだ……最寄りの駅で杉本に出会うまでは。
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