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第三話 しらないぬくもり

「じゃ、おやすみ~」 「お、やすみ」  そう返したが眠れるはずもない。見たことのないキングサイズのベッドの端で、悠は困惑していた。  ──なんでヤクザと同じベッドで寝てるんだ、俺!?  少しでも身体が触れたりしたら殺されるかもしれない。そんな緊張状態で、眠気がやってくるはずもなかった。  身体を強張らせていると、くすっと笑い声が聞こえた。 「ユウちゃん、緊張しすぎ」 「……そ、の、誰かと一緒に寝たこと、ないから……」 「あ、童貞なんだ?」 「っ!」 「でもさあ、ユウちゃんがいつまでも寝てくれないと、おれうまい朝メシ食べれないんだよね? だから寝てよ」 「ぅ……」  寝たら死ぬかもしれないが、寝なくても死ぬ。一体どうしたらいいのだろう。 「もー、しょーがないなあ」  凛はそう言って、ぐいと悠の身体を引き寄せた。 「え、はっ!?」 「ドラマで見たことあるんだけど、子どもの寝かしつけってこうやるんでしょ?」  とん、とん、と一定のリズムで背中を叩かれる。 「そ、それは小さい子どもだろ……! 俺は十八だから!」 「ガキなことに変わらないんだからいーの。ほら、早く寝て?」  自分の命を握っている男に、抱き締められて寝かしつけられている。わけのわからない状況に悠は思考がまとまらなくなっていった。 「……ねえ、寝かしつけって、他にはどんなことするの?」  ふと、凛がそんなことをたずねてきた。 「え? えっと……子守唄とか、絵本読んだり、とか……?」 「ふうん。俺どっちも知らないや。今日寝かしつけてあげる分、今度ユウちゃんがそれやってね」 「ええっ!?」  年上の、おそらく成人している男性を寝かしつけるなんて出来るのだろうか。しかも相手はヤクザ。 「ユウちゃんあったかいね。おれの方が眠くなってきたかも」 「…………そ、うか」 「ほら、ユウちゃんもあったまろ? もっとぎゅってしていいよ」  凛のいう通り、おずおずと手を背中に回す。人肌の温もりはあたたかくて、それがヤクザであっても変わりはしないのだと初めて知った。 「実はおれも誰かと一緒に寝るのはじめて。女は終わったらすぐ帰らせてたから」 「…………」  経験値の差を見せつけられて、思わず顔を見られたくなくて胸に埋める。 「あは、ユウちゃん甘えんぼー」  だんだんと、瞼が重くなっていく。 「明日の朝メシ、楽しみにしてるね。おやすみユウちゃん」  そんな嬉しい言葉が、意識が途切れる直前に聞こえた気がした。

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