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第五話 炊飯器を買いに行こう

──炊飯器、欲しいなあ。  悠は親子丼が入ったフライパンを見ながら、便利なそれに想いを馳せた。  ──米炊く鍋見てなくていいし、ケーキとか作れるし、あと炊き込みご飯も簡単にできるし……。  凛の家に来てから自分がどれだけ炊飯器を頼りにしていたのかがわかる。だが炊飯器は決して安いものではない。凛に欲しいとは言えないし、悠はそんなものを買える金を持っていない。 「……はあ……」 「なにユウちゃん、炊飯器ほしーの?」 「っ、え!?」  どうして考えていることがわかったのだろう。振り向くと、ソファからこちらを見て凛がにこにこと笑っていた。 「な、なんで……」 「今思いっきり声に出てたけど」  心の声は漏れていたらしい。恥ずかしさに顔を俯かせていると、凛はくすくすと笑った。 「欲しいなら欲しいって言えばいいのに」 「で、でも、高いし、一応鍋で炊けるは炊けるから……」 「炊き込みご飯とケーキ作れるんでしょ? ならおれ食べたいからいーよ。明日買いに行こ」 「い、いいのか!? 炊飯器って何万もするんだぞ!?」 「あのさあ、ユウちゃんの借金代わりに払えるのに数万でぐだぐだ言うと思う?」  確かにそれはそうだ。悠が納得をしている間に、凛は近くの家電量販店を調べて買いに行くことを決めてしまった。  そして、次の日。  家電量販店には、新品の炊飯器がずらりと並んでいた。 「すごい、いっぱいある……」  種類がいろいろありすぎてどれを選んでいいのかわからない。とりあえずお手頃な値段のものをと思っていると、凛が近くにいた店員を呼びつけた。 「ねーおねーさん、この中でケーキと炊き込みご飯炊けて、一番おいしくできるやつちょーだいっ」 「ちょ、凛!?」 「通常炊飯以外のモードがあるものですね。それですとこちらとこちらがこざいますが……」  店員が薦めたものは悠が想定していたものより値段が一桁多い。 「ふーん、おねーさん的にはどっちがいいの?」 「そうですね、ケーキ以外の調理器機能もお使いになられるのでしたら、こちらをお勧めします。低温調理ができるんですよ」 「ねえユウちゃん、低温調理ってなに?」 「ちょ、ちょっと凛、こっち」  凛を呼んで店員に聞こえないように内緒話をする。 「あれすっごい高いやつだぞ!? もっと安いやつあるって」 「えー、ユウちゃん値段気にしてんの? 大丈夫だって。安いやつかってマズいの嫌だもん。高いの買っておけば問題ないって」 「でも」 「金払うのおれなんだから気にしなーい。ほら、ユウちゃん好きな機能ついてるやつ選びなよ」  結局買うのは凛なので、彼の意見に押し負けてしまう。数分後、悠はレジで最新の多機能付き炊飯器を持っていた。 「か、買ってしまった……こんな高い物を……」 「買ったのユウちゃんじゃないんだからそんなにビビんないのー」  正直大金が飛んだのに恐怖を感じているが、それと同じくらいこの炊飯器をどう使おうか期待に胸を膨らましている。 「チーズケーキ……炊き込みご飯から先に……パンだって……」 「ユウちゃんぶつぶつ言ってて怖いよ。さて、じゃ帰ろっか」 「わかった。……う、わ」  歩き出すと予想以上の重さでぐらついてしまう。 「重い? んじゃちょっと待ってて」  凛はそう言って、電話をかけ始めた。タクシーでも呼ぶのだろうか。 「あーもしもし酒井? あのさ、ちょっと運んでほしいもんあるから今から言うところにすぐ来て。五分で」 「!?」  酒井というのは確か、悠の家に来たヤクザ──凛の子分のはずだ。まさか炊飯器を運ばせるためだけに呼ぶのだろうか。 「り、凛、わざわざ部下の人呼ばなくても俺運ぶから」 「ユウちゃんが運んで怪我してメシ作れなくなったらどーすんの。それにおれの子分どう使おうが勝手でしょ」  それから十分して、強面の男が家電量販店の入り口にやってきた。 「り、凜さん! お待たせしましたっ……!」 「五分遅刻ー。まいいや、これおれの家まで運んで」  凛は悠の持っている炊飯器を指さす。 「え、あ、これ運ぶんすか……?」 「あ、あのすみません、わざわざ……」 「あ!?」  どうやら酒井は悠のことが好きではないらしい。ぎろりと鋭い眼光で睨んできた。 「っ!」 「こら酒井、ユウちゃん睨むな。さっさと運んで」 「は、はいっ!」  酒井は悠から炊飯器を受け取って歩き出す。彼の命令を聞く姿に、酒井は苦労人なのだと察せられてしまった。 「はい、おつかれー」  結局酒井は凜の家で炊飯器のセットまでしてくれた。 「こ、これでいいですか、凛さん……」 「うんうん、じゃーもう帰っていいよ」 「本当にこれだけのために呼んだんすか!?」 「そだよ?」  凛は人使いが荒いようだ。酒井は疲れた顔でがっくりと肩を下ろした。 「あ、あの酒井さん、お茶飲みますか……?」 「あ?」 「っ……す、すみません」 「さーかーいー? ユウちゃんビビらせんなって」 「い、いえビビらせるつもりは……それじゃ、自分はこれで失礼します」  酒井はぺこりと頭を下げる。ここまで労力を割いてくれたのに、何もしないのは心苦しかった。 「あ、あの!」  悠は冷蔵庫からラップに包んである朝食の残りのサンドイッチを取り出した。 「た、卵お嫌いじゃなかったら、これ」  ゆで卵を潰して粒マスタードとマヨネーズと合わせた特製の卵サンドイッチだ。凛には好評だった。 「…………」  酒井はぎろりとサンドイッチを睨んで、ぶっきらぼうにそれを受け取った。 「……もらっとく。いっとくけど腹減ってるからだからな!」 「は、はいっ!」 「酒井のツンデレとか見ても面白くないんだけど」 「ツンデレじゃないっす……。じゃ、失礼します」  酒井はもう一度頭を下げて出ていった。 「さて、じゃ今日からこれでおいしい米炊いてね。ユウちゃん」 「……うん、じゃあ、今日は五目炊き込みご飯作るな」 「やった、楽しみー」  悠は、日常に凛がいることに慣れつつあった。

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