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第十一話 許されない恋とツナマヨコーンおにぎり

 凛への想いを自覚してから、数日。  悠は暗闇の中で、懐かしい声を聞いた。  ──悠、悠。  それは誰よりも悠に優しかったはずの、大好きだった人の声。 「とう、さん?」  暗闇を見渡して父を探す。けれど人影はどこにもなく、ただ優しい声が辺りに響くだけ。  ──悠、好きな人ができたんだな。 「……なんで、それ…………」  ──わかるさ。悠のことなら、父さんなんでもわかるぞ。  父の声は、どこまでも優しくて。  ──けどな、悠。本当にいいのか? 「……え?」  ──悠には父さんと同じ血が流れてるんだぞ。恋なんかして、本当にいいのか? 「……意味、わかんないよ、どういう意味?」  ──だって、父さんは……。  ポン、と肩を叩かれる。振り返ると、そこには。  内蔵をえぐり出された、父がいた。 「ひっ……!」  ──父さんは、ミウさんを好きになったから、悠を捨てて、こんなことになっちゃったんだ。 「あ、あ……!」  変わり果てた父の姿に、身体が動かない。父は血だらけの姿で、悠を抱き締めて。  ──だからな、悠? お前も誰かを好きになったら、きっと人でなしになる。一生後ろ指をさされて生きるような、クズに堕ちる。 「っ……違う、俺は、父さんみたいには……!」  ──いいや、お前はもう、人でなしになりかけてる。だって、凛がどんなことを──例え殺しをしていたって、彼を愛してしまうだろう? 「……それ、は…………」 ──お前も父さんと同じなんだよ、悠。  父は、気味悪くニタリと笑った。 「っ……!」  がばっ、とベッドから飛び起きる。寝巻きがぐっしょり汗を吸っていて気持ち悪い。 「……ゆ、め……」 「んん……なに、ユウちゃんどしたの……?」  悠を抱き締めて眠っていた凛が、むくりと起き上がる。 「ご、ごめん……変な夢見て、びっくりして……」 「ん……じゃ、もーちょっと寝よ?」  凛は悠をシーツの海に引きずり込んで、眠たげに目を閉じる。彼の体温に包まれるだけで、心臓がばくばくとうるさい。 「り、凛」 「なに……? 今日ユウちゃんも休みでしょ。ごろごろしよーよ……」  凛はすう、と寝息を立てて夢の中へ落ちてしまう。端正な顔立ちがすぐそこにあるので緊張してしまって、眠るどころではない。  凜が好きだ。どうしようもなく、彼を求めてしまっている。  けれど、悠は。 『だからな、悠? お前も誰かを好きになったら、きっと人でなしになる。一生後ろ指をさされて生きるような、クズに堕ちる』  甘やかな初恋を遂げることを、許される人間ではなかった。 「今日は、おにぎりと豚汁です……」 「今日もおいしそうですね。……悠さん、体調が悪いんですか?」 「へっ?」  いつもと変わらぬ表情の九十九は、淡々と言葉を紡ぐ。 「顔色があまりよくない風に見えたので」 「あ、あー……ちょっと、考え事してただけで……気にしないでください。はい、どうぞ」  九十九にふたり分のおにぎりと豚汁をトレーに乗せて渡すと、彼は組長の元へとひとり分を届けてくれた。凛への恋心で悩んでいるなんて、言えるはずもない。 「ただいまーっ! あっ、ユウちゃんもうメシ配ってる! おれの分残ってる!?」  事務所の扉が開いて、いつもの調子の凛が入ってくる。彼の顔を見る度に、心臓がどくんと高鳴った。 「あ、ある……凛の分取っておかないと、他の人の奪っちゃうだろ……」 「あは、さすがユウちゃん、わかってるー」  凛のために避けておいたおにぎりと豚汁を渡すと、凛は待ちきれないといった風にアルミホイルを開けておにぎりにかぶりついた。 「ん、んーっ!」  凛は目をきらきらさせて、ばくばくとおにぎりを食べていく。 「なにこれ! ツナマヨにコーン入ってる!」 「回転寿司にツナマヨとコーンが乗ってる軍艦あるからさ、それおにぎりにしたんだ」  父も、よく喜んで食べてくれていた。夢の中の変わり果てた姿を思い出して、胸がつきんと痛む。 「おれ、おにぎりで一番好きかもっ!」  凛は顔を綻ばせて、どんどんとおにぎりを胃の中におさめていく。  そんな顔をしないでほしい。幸せそうな笑みを見せられたら、もっと好きになってしまう。 「ね、ユウちゃんっ、おかわりっ!」 「っ、え!?」 「おにぎり、おかわりちょーだい?」  おにぎりは三つほど余りがあるが、それは希望者でジャンケンをしてもらって配るつもりだった。 「り、凛、余りはジャンケンで勝ったらで……」 「食いたい。だめ?」  凛が近づいてきたので、思わずおにぎりを後ろ手に隠す。彼は悠をぎゅうと抱き締め、額をくっつけて悠に囁いた。 「ね、ユウちゃんもおれが食ってるところ見るの、好きでしょ?」  至近距離でにっこりと笑まれて、悠は完全にキャパシティオーバーになってしまった。これ以上近づいたら、唇が重なってしまいそうで、怖いのにそれを期待している自分がいる。 「……っ!」  隠していたおにぎりを、三つとも差し出す。組員たちは一斉にブーイングを始めた。 「わーい、やったぁ!」 「カシラ、独り占めはずるいっす!」 「ちゃんとジャンケンで決めましょうよ!」 「うるさーい。ユウちゃんがくれたんだから、これはもうおれのなの」  凛は満足げにふたつめのおにぎりをぱくりと食む。  悠は今にも弾けてしまいそうな心臓を押さえながら、顔を赤くすることしかできなかった。  凛に、恋をしては、いけないのに。  己を戒めても、鼓動はおさまってくれなかった。

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