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第十四話 隠せぬ想い

「ん……」  眠気の中から、意識が目覚める。 「ユウちゃん、おはよ」 「り、ん……?」  ぼやけた視界で、彼を見つめる。凜はにっこりと笑って。 「寝起きのユウちゃん、かわい」 「かわ、いい……?」 「うん、すっごいかわいいよ」  そう言って凜は、ちゅ、とひとつ悠の額に口づけを落とした。 「っ!?」  その行為で、一気に目が覚めた。どうして、なんで凜が口づけを。 「な、な、な」 「あはっ、悠ちゃんびっくりしすぎ。ちゅーくらいで驚かないでよ」 「く、くらいじゃないだろ!」 「なんでー? 恋人ならするんじゃないの? ふつー」 「こい、びと……?」 「え、なんでそこはてな浮かんでるの? 昨日ユウちゃんのこと好きだって言ったよね、おれ」 「昨日……」  そうだ、昨日、凜に想いをぶちまけて。  恥ずかしくなるほどの告白をしてしまったことを思い出して、顔が熱くなる。 「ていうかさ、あんなにいっぱいちゅーしたのに、今更恥ずかしがるわけ?」 「な、慣れてないんだよ!」  悠は恋愛経験が皆無なのだ。遊び慣れている凜とは違う。 「あーユウちゃん童貞だもんね。じゃ慣れるためにいっぱいちゅーしよっか」  凜の顔が近づいて、流れるような仕草で唇を奪われる。 「ん、んーっ!」  じたばたと身体を動かしても、凜は逃がしてくれない。長いそれに息が出来なくなって、凜の胸をどんどんと叩いた。 「もー、なに?」 「っは、は……息、できなっ……」 「息継ぎ下手すぎじゃない? 鼻でするんだよ」 「っ……そんなの知るわけないだろっ!」  口づけをしたのだって昨日が初めてなのに、息継ぎの仕方なんてわかるはずがない。 「ユウちゃんって本当童貞なんだね」 「童貞童貞言うなよっ!」  気にしていることを何回も口に出されたら、流石に心にくるものがある。 「だいじょーぶだよ。ユウちゃんがどんなにウブでも、いっぱい慣れさせてあげるから」  ぎゅう、と強く身体を抱き寄せられて、身体がびくんと跳ねる。 「ほら、練習しよ?」 「え、あ、凛、待ってっ……」  悠の願いは、虚しくも口づけの中に消えていった。 「よしっ、タンドリーチキンできたっ!」  事務所隣のキッチンスペースで、ふうとひとつ息を吐いた。 「ユウちゃん、タンドリーチキンって辛くない?」 「凜が嫌いなのは唐辛子の辛さかなって思ったんだけど、駄目だった時ように照り焼き作っておいた」 「やった、おれ専用メニュー!」  凜は早く早く、と悠を急かす。以前料理を持っている時は危ないから抱きつかないように、と頼むと、彼はすんなり言うことを聞いてくれた。なので今は悠の後ろに触れずにぴったりとくっついている。 「ねえねえ、早く食いたいー」 「あと運ぶだけだから、待っててくれ」 「まーてーなーいー」 「……仕方ないなあ……。はい、味見」  悠は照り焼きをひとつ掴んで、凜の口元に持っていった。 「あーんっ」  凜はご機嫌でもぐもぐと照り焼きを咀嚼する。そして、頬をこれでもかと綻ばせた。 「んま! ね、タンドリーチキンも食いたいっ!」 「味見だからひとつまでだ。ほら。すぐ運ぶから」  悠はタンドリーチキンが入った鍋と大型炊飯器を、龍一が新しく買ってくれた配膳台に置いてエレベーターを降りる。  事務所に配膳台を持っていくと、組員たちがわあっと盛り上がった。 「悠さん! 今日のメシなんすか!」 「俺もう腹減りまくりですよ!」 「今日はタンドリーチキンですよー。白米もたっぷり炊いてあります!」 「っしゃあ!」  組員たちは行儀よく鍋の前に並んで、次々と料理を受け取っていく。 「ねえユウちゃん、おれの分は?」 「はい、照り焼きと、チャレンジ用にタンドリーチキン一個。辛かったら食べなくていいから」 「やった、いただきまーす」  凜はがぶっと照り焼きにかぶりついた。 「んまっ! こっちは……ん、辛いけど食える!」 「そっか、よかった。おかわりいるか?」 「勿論! えへ、ユウちゃん大好きっ」 「……凜、おめえ……」 「なあに? 親父」  龍一ははあ、と大きなため息を吐いた。 「悠さんと一緒になれて嬉しいのはわかるが、ちったぁ隠せ」 「っ……!?」  どうして。凜と付き合い始めたことは一言も言っていないし、ちゃんと隠しているつもりだったのに。 「く、組長さん、何言って」 「あれー? なんでバレたの?」 「おめえの雰囲気見てりゃわかる。ったく、浮かれきってるとは言わねえが、もう少しどうにかなんねえのか」 「そうですね。イチャつかないで欲しいです」 「ぎ、銀さんまで……!」  顔から火が出そうなほど恥ずかしい。なのにいつの間かタンドリーチキンと照り焼きを食べ終わった凜が、がばりと抱きついてきた。 「だってお付き合いしたてだよ? ちょっとくらいいーじゃん」 「ちょ、凛!」 「凜さん、悠さんに触れるのはご自宅でなさってください。公序良俗に反します」 「こーじょりょーぞくってなに?」  凜は子どものように首をかしげる。頼むから距離が近いのをどうにかしてほしい。恥ずかしさで沸騰してしまいそうだ。 「り、凛、そろそろ離れて……」 「やーだっ。ユウちゃんかわいいから離さない」  凜はあはっ、と笑って頬ずりをしてくる。恋人になってから、彼のスキンシップは激しさを増している。正直恋愛経験のない悠からしたらキャパシティオーバーだ。 「っ、もう、勘弁してくれ……!」  悠は顔を覆って、俯くことしかできなかった。

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