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第十五話 はじめてのプレゼント

「ユウちゃん、これあげるっ」  なんでもない休日、凛はそう言って、長方形の箱を渡してきた。 「? なんだ、これ」 「いーから、開けてみて?」  開くと、そこには月の形を模したペンダントトップがついたネックレス。月には赤い石が刻まれている。 「指輪でもいいかなあって思ったけど、料理の時に邪魔でしょ?」 「わ……」  恋人からの突然のプレゼントに、面食らってしまった。けれどどうしてだろう。今日は記念日でもなければ誕生日でもない。 「で、でももらう理由ないって。俺誕生日でもなんでもないし……」 「え、親父は理由なくても惚れたやつに贈り物するのは当然だって言ってたけど、理由ないとダメなの?」  凛は初めての恋をどうしたらいいのかというのを、よく龍一に聞いている。今回もそれなのだろう。 「もしかして嫌だった? おれ贈り物なんてしたことないから、ユウちゃんが好きそうなのわかんなくてさ」  慣れていないのに、わざわざ悠のためだけに。その事実がどれだけ悠を幸せにしてくれるか、きっと凛はわかっていない。 「そんなことない……すごい、嬉しい。大切にする」 「へへ、やったぁ。じゃつけてあげるから、貸して?」  凛にネックレスを渡すと、彼は優しい手つきで悠の首にそれをかけてくれる。月に埋め込まれている赤い宝石のような石が、きらりと首元で光った。 「うん。ちょーかわいいよ」 「ありがとう……ほんとに、ほんとに大事にするから」 「あはっ、そんなに嬉しい?」  どうやったら、この喜びを凛に伝えられるだろう。悠は幸せにまみれた頭で必死に考えて、考えて。  距離が近いままの凛の唇に、ひとつ口づけを落とした。 「こ、これくらい……嬉しい」 「……もー、ユウちゃんかわいすぎ。今すっごいきゅんきゅんしちゃった」  凛はひどく満たされた顔をして、お返しのように唇に想いを乗せる。 「んっ……ん、ん」 「あー、また息止めてたでしょ。ダメだよ。ちゃあんと息して?」 「き、緊張して、つい……」 「ヤクザの事務所に出入りするのは平気なのに、恋人とちゅーすんのはガチガチに緊張すんの? ユウちゃんってよくわかんないなあ」 「それとこれとは話が別だろ! ていうか、事務所行くのも最初は緊張したし……!」 「はいはい。かわいいからもうちょいぎゅーってさせて?」  いつまでも口づけに慣れない悠を、凛は優しく抱き締めてくれた。   「プレゼント、かあ……」  悠は首からネックレスを下げながら、スーパーからの帰り道を歩いていた。 「嬉しいな……」  恋人からプレゼントをもらうなんて初めての経験だ。  最近は凜も箸をうまく使えるようになって、和食をもっと挑戦したいと言ってきた。だから今日は肉豆腐がメインだ。 「凛、喜んでくれるかな……」  悠ができる精いっぱいの恩返しは、おいしいと思ってくれる料理を作ることだ。白米をたんまりと炊いて、かぶの味噌汁も作って。  頭の中で調理の手順を考えていると、前からどんっ、と衝撃を受けた。 「うわっ! す、すみませ」 「おーおーいってぇな。骨折れたかも」 「へ……?」  目の前に立っていたのは、ちゃらちゃらとした恰好の男三人組だった。見た目からして、大学生だろうか。  骨が折れた、なんて言いがかりもいいところだ。軽くぶつかっただけでそんなこと起きるわけない。 「す、すみませんでした」  けれど自分より背の高い男が怖くて、ぺこりと頭を下げてその場を去ろうとした。 「おい待てやガキ。人の骨折っといてすいませんだけかあ?」 「誠意ってもんが足りてねえよな」  通り過ぎようとしたところを、男たちに強く腕を掴まれてしまう。 「痛っ……は、離してください!」 「自分からぶつかってきて被害者ヅラすんじゃねえよ。ちょっと向こうで話しようや」  悠はずるずると男に引きずられてしまう。裏路地に連れ込まれ、身体を壁に叩きつけられた。 「っ……」 「じゃ、まずは慰謝料もらおうか。百万」 「な……!」  うすうす察してはいたが、やはりこの男たちはカツアゲ目的らしい。男のうちひとりが、悠が凜から貸し出されている財布を奪った。 「おーめっちゃ入ってんじゃん! なに、お前お坊ちゃん?」 「全額いただきまーす。んじゃ次は身ぐるみお剥がしターイムっ」 「ひ……!」  ひとりが悠の首元に手をかけて、ネックレスを奪う。 「ヤベェ! これ宝石入ってんじゃん!」 「っ……! 返せっ!」  悠はその瞬間、恐怖を忘れて男に掴みかかった。 「あ!? んだよクソガキ急にキレてんじゃねえっ!」 「返せっ! 今すぐ返せよ!」 「んだよよっぽど高ぇの?」 「それは凜がくれたネックレスなんだ! 大事にするって約束したんだ!」  悠が必死にネックレスを取り返そうとするのを、男たちは嘲笑う。 「リンって誰だよ! 彼女かぁ?」 「うっぜえなあ、こんな高そうなモン持ってる方が悪ィんだよ!」  頬に熱が走る。腹にも鈍い痛みが走って、一瞬呼吸を忘れた。 「が、はっ……!」 「おらさっさと行こうぜ、換金しねえと」  男たちが去っていく。悠の大事なネックレスを持ったまま。  ──駄目、駄目だ。それだけは。絶対に。  悠は必死で、男の足に縋りついた。 「か、えせ……かえせよおっ……!」  凜の想いを、誰かに奪られたくなかった。痛みと悔しさで、頬に何度も雫が伝う。 「凜が俺にくれたんだ! 俺にって、くれたんだ……! 俺のなんだ……!」 「しつけえんだよ、死ね!」  男が足を蹴り上げて、悠の身体は壁にぶつかる。ガン、とコンクリートに後頭部が当たって、くらりと視界が揺れた。 「だ、め……待て……」  追いかけようとしても、身体は動いてくれなくて。  男たちの嘲笑は、やがて聞こえなくなってしまった。

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