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第十六話 謝罪
痛い、痛い。
歩く度に痛みを覚える身体を、必死に動かす。痛いけれど、それよりもネックレスを奪われてしまったことが悲しかった。
──凜に、なんて謝ればいいんだろう。もらったばっかりなのに、こんな簡単に奪われて。嫌われるかもしれない……。
そう思うだけで涙が止まらなかった。カードキーでドアを開けて、玄関に倒れ込む。
「ユウちゃん? ……ユウちゃんっ!?」
玄関で倒れている悠を、凜がそっと抱き起こす。そして殴られて真っ赤に腫れた頬を見て、一瞬で瞳に怒りを宿した。
「……誰に、殴られたの?」
「り……り、ん、ごめんっ……」
彼の顔を見て、涙が一気に溢れた。どうして、悠はこんなにも無力なんだろう。
「なんで謝るの?」
「ネックレス、奪られたぁっ……!」
「……は?」
ダムが決壊したようにわんわんと泣き出す。どんなに言い訳をしたって、凜がくれたものを手放してしまった。
「カ、カツアゲに、あってっ……返せって言ったけど、駄目でっ……! 大事にするっていったのに、ごめん、ごめんっ……!」
「ユウちゃん、カツアゲしたやつらに殴られたの? 他に何されたの?」
「俺のことはどうでもいいんだよぉっ……! 凜が、りんがせっかくくれたのに……! 何も、できなくて……!」
身体の痛みよりも、ネックレスを奪われた悲しみの方が強かった。一生大事にすると決めたくせに、もらって数時間もしないで奪われて。
「ユウちゃん」
凜は、泣き続ける悠をそっと抱き締めた。
「プレゼントなんて、これからいくらでもしてあげるよ。気にしないで。だから、怪我見せて?」
「だって、だって凜が初めてくれたものだったんだ……! 死んでも奪られちゃいけなかったのに……!」
悔しい、悔しい、悔しい。嗚咽を漏らし続けている悠を、凜はそっと姫抱きしてリビングに運ぶ。そっとソファの上に下ろされて、傷ついた頬を撫でられた。
「一発じゃないな……何回も殴られてる。口も切れちゃってるし、痛かったでしょ」
「っ、う、う……!」
「手当できるやつ呼ぶから、ちょっとだけ待っててね。他痛いところない? 殴られた他には何された?」
「っ、はら、蹴られた……」
素直に言うと、凜はパーカーをめくって痛む腹に触れる。
「ここ?」
こくこくと頷く。場所がわかったということは、痣にでもなっているのだろうか。
「凜、ごめん、ごめんっ……ほんとに、俺っ……!」
「いーから、落ち着いて。大丈夫だから」
泣き止まない悠を、凜は優しく抱き締めて頭を撫でる。
大切なものを奪われた痛みは、いつまで経ってもおさまらなかった。
「軽い打撲ですね」
すぐに凜の家に来てくれた九十九は、泣き腫らした悠の顔を見て診断を下した。
「銀さ、ん……」
「でも私は闇医者に師事しただけのもぐりです。念のため病院に行くことをお勧めします」
銀は救急箱を開けながら、治療のために必要なものを用意していく。
「腹の方もそこまでひどくはないです。頭はたんこぶで済んでよかったです」
「全然よくないんだけど」
「重傷ではない、という意味ですよ」
銀はアルコールを染み込ませた脱脂綿を当てて、切れた口の端を消毒していく。
「痛っ……」
「しみるかもしれませんが我慢を。すぐに終わります」
九十九はたんこぶに冷却バンドを巻いて、腹にも保冷剤を当ててくれた。
「これで大丈夫です。あまり患部をあたためないようにしてください」
「銀、もう抱き締めてもいい?」
「ええ、どうぞ」
凜はそっと、悠を抱き締めた。
「ユウちゃん、怖かったね」
「……凜、ごめん……」
「もう謝んなくていいよ。ユウちゃんのせいじゃないんだし」
「でも、俺……」
「ね、カツアゲされたのってどこら辺?」
「え? えっと……スーパーの帰り道の、クリーニング屋さんの近く……」
「うっわ、モロにうちのシマじゃん。銀?」
「少々お待ちを」
九十九はスマートフォンを操作して、そうですねと呟いた。
「確かに報告が上がっています。タチの悪いカツアゲが横行しているそうです。見た目は大学生くらいで、三人組だそうです。金だけでなく身ぐるみまで剥いで、質屋に売りつけているそうですね」
「っ、多分そいつらです……!」
悠を襲った男たちと、特徴は一致する。犯人がわかったのなら、すぐにでも取り返しにいかないと。
「銀さん、そいつらが使ってる質屋ってどこですか!? 早くしないと誰かに買われるかも……!」
「ユウちゃん、落ち着いて」
立ち上がった悠を、凜はどうどうと抑える。
「すぐに部下を質屋に行かせるよ。店だって盗品売ったら問題だし、どうにかなるって。ね?」
ネックレスが手元に戻ってくるかもしれないという希望が、胸に落ちてくる。悠はようやく、ゆっくりと息を吐いた。
「あとね、ユウちゃん」
凜は、優しく悠の頭を撫でて。
「ユウちゃんを傷つけたケジメはぜーったいに取らせるから、安心してね?」
恐ろしいヤクザの笑顔で、そう言った。
「け、ケジメ……って、指、切ったりとか……?」
「あは、それはヤクザのケジメのつけ方でしょ? そこまでしないけど、まあユウちゃんがやられた分はきっちりお返しするから、ユウちゃんはゆーっくり怪我治して?」
「凜、もしかして、怒ってるのか……?」
笑っている。笑っているけど、笑っていない。瞳の奥に、彼の持っている残虐性が見え隠れしている。
「怒るに決まってんじゃん。大好きなユウちゃん傷つけられたんだから」
大好き。その一言で、心臓がきゅうと縮んだ。
「そ、っか……」
「あ、ユウちゃん喜んでる。チョロくない?」
凜に頬を撫でられると、痛みもどこかに行ってしまうような気がした。
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