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第十七話 ヤクザの報復
※暴力表現有
一体何が起きているのか、理解が出来ない。
佐藤はいつもの通り、大学帰りに三浦と松岡とカツアゲをしようと街をぶらついていただけだ。もしかしたらこの前カモにしたガキにまた会えるかもな、なんてくだらない話をしながら。
そうしたら、いきなり横に黒塗りの車が止まって、ヤクザたちにあっという間に拉致された。
どうして? カツアゲこそしてきたが、佐藤はただの大学生だ。ヤクザを怒らせるようなことをした覚えはない。
「んーっ! んーっ!」
縛られて声が出せないことをわかっていても、助けを求めずにはいられない。こんな目に遭う謂れはないはずだ。
ここが何処なのかすら、目隠しをされた状態ではわからない。コツン、コツンと誰かの足音が広い空間に響いた。
「目と口外すから、静かにね」
声は若い男性のものだった。乱雑に目隠しと口を縛っていた布が取り払われ、自分たちを攫おうとした男の姿を見る。
それは──赤、だった。燃えるような赤い髪に、意図を見せない赤の瞳。赤色が人の形をしたのならきっとこの男であるだろうと思わせるほど、その一色を体現した人間だった。
「た、助けてくれっ! 俺ら攫われるようなことしてねえよ! 誰かと間違えてるんじゃ……!」
「いや? 間違えてないよ。佐藤正輝くんに三浦裕也くん、松岡奨太くん?」
「へ……」
「なんで、俺らの名前……?」
どうして。なんでヤクザが自分たちのフルネームを知っているのだ。
「あはっ、君たちさあ、キャバで個人情報べらべら喋っちゃダメだって。怖いお兄さんたちに全部筒抜けだよ? おかげでこっちは君たちの通ってる大学の学部までわかっちゃったもん」
「っ……!」
笑いながら語る男に、どうしようもなく恐怖を覚える。この男は、人生で会ってはいけないタイプの人間だ。
「にしてもさあ、カツアゲした金でキャバってどうなの? それともキャバにハマっちゃって金必要になったの? まどっちでもいいんだけどさ」
男はしゃがみこんで、優しい手つきで佐藤の頬を撫でる。
「身内に手出した分、責任は取ってもらわないと」
「み、身内……? 待ってくれよ、俺らヤクザになんか手出してねえって!」
「あっはは、そうだねえ。ヤクザには手出してないね。けど──ヤクザの恋人に、手出しちゃったんだよなあ」
「こ、恋人……?」
「そ。かわいいかわいい恋人がさ、おれがあげたプレゼント奪られちゃったって泣いて帰ってきたの。かわいそうに、ほっぺとかお腹とかに怪我こさえてさ。ひどいと思わない?」
「ッ──!」
そこで佐藤は、ようやくどうして自分たちが連れ去られたのかを理解した。つい先日カツアゲをした高校生くらいの少年──ネックレスを返せと必死に泣いていたあの子どもが、目の前の男の恋人だったのだ。
「思い当たる節、あるって顔だね」
「い、いや、それは、」
「違うんです! 目つけたのは佐藤で、俺ら付き合わされただけで!」
「っ、おいてめぇっ!」
「うん、まーそこら辺はどうでもいいんだあ。大事なのは、あんたらがユウちゃん傷つけたってこと」
男はにっこりと笑って、佐藤の右の中指を摘まんだ。
「やったことのけじめはちゃんとつけなきゃ。ね?」
「す、すみませんでしたっ! 謝ります、謝りますから!」
「だぁめ。許さない」
ボキッ、という音が響いた。それと同時に指を襲う、壮絶な痛み。
「ぎゃああああっ!?」
「ユウちゃんさ、何回もおれに謝ったんだよね。なーんにも悪いことしてないのに、ごめん、ごめんって。それなのに悪いことしたあんたらがお咎めナシってのは、道理が通らないでしょ?」
「い、いたい……いたいいっ……!」
「あ、あっ……! ま、待ってください、金なら返します、盗んだものも……!」
「んなことしてもユウちゃんの心と身体の傷は治んないのー。はい、松岡くんも一本ね」
「あああああああっ!?」
男は平然と松岡の小指を折る。必死に泣き叫ぶ三浦の薬指も。
「じゃ三浦くんにクイズね。人間の指は全部で何本?」
「っぁ、あ……に、にじゅう……」
「三人だったら全部で何本?」
「ろ、ろくじゅう……です……」
「せーかい。じゃあ仲間内の悪ふざけに見せるために、三人の右手の親指と人差し指だけ残したら、おれはこれからあんたらの指全部で何本折れることになるでしょーか?」
「ひ……! や、やだ、助けてっ……!」
「はーい不正解。正解は五十四本でしたー」
ボキン、と三浦の小指が曲がってはいけない方向に向く。男の言うことが正しければ、佐藤たちはこれから死ぬよりも辛い拷問を受けることになる。
「ほんとうはユウちゃんが殴られた分十倍返しにして、簀巻きにして海に捨ててもいいんだけどさあ、それはユウちゃん流石に気にするかなって思ったから、手加減してあげる」
「い、いやだっ! 助けてくれっ! 何でもするからぁっ……!」
「ネックレス返してってユウちゃんのお願い聞かなかったのに、自分のお願いは聞いて欲しいの? 虫がいいなあ」
ボキ、とまた一本、佐藤の指が折られる。
「ぎゃあああっ! いでえよおおおっ!」
「大丈夫だいじょーぶ。絶対に殺したりしないから。おれ、そういうの得意なんだ」
子どもが工作を発表するような明るさで、赤い髪の男は楽しそうに松岡の指を折った。
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