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第十八話 戻ってきた宝物
ネックレスを奪われて二日が経った。凜はおれに任せてよ、と笑っていない笑顔で言っていたが、やはり何もしないでいるのは怖くて、スーパーの帰り道にあのチンピラたちを探したりもした。けれど、彼らの姿を見つけることはできず、ネックレスはまだ戻ってきていない。
「……はあ……」
せっかく、凜がプレゼントしてくれたものなのに。自分が油断をし過ぎていたのかもしれない。悠はもう何度目にもなるため息を零して、チキンスープをかき混ぜた。
「ただいまぁー」
玄関から凜の声がして、すぐにリビングのドアが開いた。悠は一度鍋の火を止めて、凜の元へ駆け寄る。
「おかえり、凜」
「うん、ただいまユウちゃん。はいこれ」
凜はぽん、と何かを悠の手のひらに乗せた。それは、赤い石が入った月をかたどったネックレス。
「あ……!」
「やっぱり質屋に売られてたよ。盗品だって言ったら、すぐに返してくれたんだ」
「盗品って言って、信じてくれたのか……?」
「うん、売った本人連れて行ったから、話あっさり済んだよ」
つまり、凜は悠を襲った犯人を見つけたということだ。
「凜、あのっ……犯人、どうしたんだ……?」
聞くのは怖いが、聞かずにはいられなかった。凜はにっこりと、ヤクザ若頭の笑みを浮かべて。
「ちょおっと、仲良くゲームしたかな?」
それ以上、深く語らなかった。きっと悠の想像を絶するようなことをしたのだろう。
「こ、殺してないよな!?」
「やだなあユウちゃん、ヤクザだってそんなにほいほい人殺さないって。しかも相手カタギだし。殺してないよ」
「なら……いいけど……」
凜は本気で怒っていた。もしかしたら本当に犯人を殺してしまうかもしれないと思ったのだ。
「それよりさ、ユウちゃん。もっかいつけてあげる」
凜は優しい手つきで、ネックレスを首に通す。元の居場所に戻ってきた月は、きらりと光を反射した。
「凜……本当にごめん。大事にするって言ったのに」
「殴られても守ろうとしてくれたんでしょ。ユウちゃんは充分大事にしてくれてるから」
「でもっ……」
「もうこの話はおしまい。大丈夫だよ、何回誰に奪われたって、おれが取り返してあげるから」
凜は愛おしげに悠を抱き締める。悠の大事なものを守ってくれるその姿は、まるで。
「凜、ヒーローみたいだ……」
悠だけの、正義の味方だった。
「ヒーロー? おれが?」
「うん。いつでも俺のこと助けて、守ってくれるから」
悠はぎゅう、と凜を抱き締め返す。悠の唯一の人。誰よりも怖くて格好いい、悠だけのヒーロー。
「あは、ユウちゃん面白い冗談言うね。おれヤクザの若頭だよ? ヒーローなんかから一番遠い生き方してるって」
「俺からしたらヒーローなんだ。強くて、かっこよくて、何があっても味方でいてくれる。……これって、ヒーローだろ?」
「うーん……そうなのかなあ……」
凜は珍しくううん、と悩む姿勢を見せる。
「凜は、俺だけのヒーローだよ。……ありがとう、守ってくれて」
「こんなきったないやつありがたがるの、ユウちゃんだけだよ?」
彼は嬉しそうに笑って、悠に口づけをひとつ与えた。
「じゃあさ、ユウちゃんだけのヒーローから一個お願い」
そう言って、凜はポケットからクマのキーホルダーを取り出した。
「これ、GPS入ってるんだ。いつでもユウちゃん助けられるように、つけてくれないかなって」
「GPS……」
これを持つということは、常に悠の位置が凜に筒抜けになるということだ。
「今回はたまたまカタギだったけどさ、また敵対してるヤクザに襲われるかもしれないし、何かあった時にユウちゃん守りたいんだ」
「凜……」
きっと、傍から見たらおかしいと思われる。位置を常に知りたいなんて、ストーカーのようだと。けれど、悠にとってそれは、何よりも深い愛情に映った。だって、凜は悠を守ろうとしてくれている。悠を、大事に思ってくれている。監視のためではなく、悠を助けるためのもの。
「……わかった。鞄につけとくんでいいか?」
恋に狂っている少年は、それをあっさり受け入れた。拒むどころか、キーホルダーをひどく愛しげに見つめて。
「ありがと。ユウちゃん、何かあったらすぐおれを呼んでね。絶対に助けるから」
「わかった、じゃあ頼りにしてる。……凜から、ふたつ目のプレゼントだな」
「確かにそうかも?」
「俺も、いつか凜にプレゼント贈るな。何がいい?」
「んーん? 何でもいーよ。ユウちゃんがくれるなら」
「なら、凜がくれたみたいな身に着けられるものにする。……好きな色、あるか?」
「赤。でも、最近は青も好きだよ」
凜はそっと悠の目尻の横をなぞる。
「ユウちゃんの、目の色だから」
そして、セレストブルーを想いのこもった視線で捉えた。
「っ……」
その視線は、恥ずかしくなるくらい思慕に溢れていて。悠は耐え切れなくなって、凜にまた抱きついた。
「あ、青色の宝石って、何があるかな……」
「んーと……なんだっけ、サファイアとか、アクアマリンじゃなかった? 親父が姐さんに贈るっていうので、選ぶの付き合わされたんだよね」
「じゃあそのどっちかにする。……高いから、プレゼントするまで時間かかるかもだけど……」
「あはっ、全然いーよ。いくらでも待ってるから。ユウちゃんの愛情たっぷりのプレゼント、期待してるね?」
上機嫌な赤の男は、月を纏う少年に口づけをひとつ落とす。首元のネックレスは、嬉しそうにちゃらりと音を鳴らした。
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