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第十九話 初夜の準備

 凛と付き合ってから、二週間が経とうとしていた。土曜の昼間に、悠は洗濯物を畳んでいる。 「ユーウーちゃんっ」  そこに、凛が後ろから抱きついてきた。 「わっ、なんだよ、びっくりするだろ」 「ね、ユウちゃん今日も休みだし、明日も休みだよね?」 「え? うん……土日だし」  どうして、そんな当たり前のことを確認するのだろう。悠は首を捻った。 「じゃあさ、今日一緒に風呂入ろっ」  凛はひどく上機嫌に、そんなことを言ってのけた。 「ふ、風呂っ!?」 「そー。ユウちゃんと入りたいなあって。いいでしょ?」  付き合って二週間で裸の付き合いなんて、爛れてはいないだろうか。いやそれよりも、凛に裸を見られることにとても強い抵抗がある。 「いや、その……み、見せられる身体になるまで、待ってくれないか……?」 「見せられる身体って?」 「ふ、腹筋割るとか」 「もーなに言ってんの? おれユウちゃんの裸は一回見てるよ?」 「あ……」  そうだ、ヤクザに拐われていた時に、凛はユウの身体を確かめていた。 「でっ、でも、やっぱり風呂でちゃんと見られるのはまた別っていうか!」 「一回見てんだから変わんないって」 「そ、それでもっ……恥ずかしいし、緊張するし、それにっ……」 「それに?」  恥ずかしい以上に、きっと。 「り、凛の裸なんて見たら、興奮する、から……」  好きな人の裸体を見て何も反応しないほど枯れてはいない。浅ましいところを見られてしまう。そんなことになったら、凛に引かれてしまうかもしれない。 「え、それ目的なんだけど」 「……は?」 「やだなあユウちゃん、ただ風呂入るだけで済むと思ってる?」  凛は、悪いことを教え込むように悠の耳元で囁く。 「おれはね、風呂でユウちゃんの『準備』したいんだよ」 「じゅ、準備って、なんの……?」 「言わないとわかんない? おれとユウちゃんが、ベッドの上でイイコトするための準備だよ」 「ベッ……!?」  凛の目的がわかって、悠は顔を赤くする。恐らく凛が言っているのは情交のことだ。 「俺たち、まだ付き合って一ヶ月も経ってないのに、そ、そういうことするのか……?」 「時間って関係ある? もうユウちゃん抱っこする度にムラムラして、だいぶ限界なんだけど」 「あぅ……」  凛に性的な目で見られていることを告げられて、頭が混乱する。悠は確かに顔立ちは悪くないかもしれないが、性的魅力があるとは到底思えない。 「ユウちゃん、男同士のやり方知ってる? 経験は?」 「し、知らないっ! 経験も……な、い」 「じゃーやっぱおれが教えてあげる。風呂でユウちゃんぐずぐずのとろとろにして、その後ベッドでいっぱいするから」 「り、凛……」  こんな風に欲望を向けられたことなんてない。凛は本当に、悠を抱きたいと思っているようだ。 「ね、ユウちゃん、気持ちいいコトしようよ。ユウちゃんが気持ちよくなってるの想像しただけで、おれ結構ヤバいんだ」  凛が誘うように下半身をすり、と擦り寄せてくる。その動きだけで、悠もはしたなく興奮を覚えてしまった。 「っ……、や、優しく……してほしいっ……はじめて、だから……」  振り返って顔を見られないよう凛に抱きつく。凛はくすりと笑って、ユウの頭にひとつ口づけを落とした。 「うん。ユウちゃんがわけわかんなくなるくらい、とろっとろにしてあげる。期待して?」  凛と悠の瞳には、互いに隠しきれぬ情欲の炎が宿っていた。   「……はあ……」  風呂から上がって、悠はベッドに倒れ込んだ。もういっぱいいっぱいだ。  ものすごいことをされた。、快感を煽られて、自分でも触れたことのないところに触れられて。あられもない姿を、凜の前で晒してしまった。 「うう……」  正直恥ずかしさで死んでしまいそうだ。できることならさっきまでの痴態は全部なかったことにしてほしい。 「ユウちゃん、大丈夫ー?」 「大丈夫じゃない……」  凜の顔がまともに見れない。あんなところを見せて、引いていないだろうか。 「恥ずかしがってるところ悪いけど、本番これからだよ?」  凜がベッドに乗ると、ぎしりと音が鳴る。ふたり分の重さに耐えかねて、シーツが深く沈んだ。 「これから、さっきよりもっとすごいことするんだから」 「っ……」  さっきだけでもあんなに恥ずかしかったのに、それ以上を。もしかしたら羞恥で死んでしまうかもしれない。 「さっきのユウちゃん見ただけでたまんないの。だから、抱かせて?」  凜の手が素肌の上を滑る。どうせ脱ぐんだから、と言われて身に纏っているのは下着だけだ。 「り、凜は……本当に、俺でいいのか……?」 「ん? どういう意味?」 「だって、さっき見た通りで……俺、女の子みたいに柔らかくないし、その……色気が、ないっていうか……」  凜の身体は引き締まっていて、とても格好良かった。けれど悠の身体は、たいして鍛えてもいない、触り心地もよくない身体だ。 「途中で、萎えたりしたらって……不安で……」 「……はーあ。あのさ、ユウちゃん」  凜は悠に覆い被さる。そして、下半身を悠の身体に擦りつけて。 「おれが興奮してたの、風呂で見たでしょ? 今だってこんなになってるのに、まだ信じられない?」 「ぁ、う……」  同じ男だからこそ、それがどういうことかは充分理解できる。凜は確かに、悠の身体に欲情していた。確かな質量と熱が、凜の言葉が嘘ではないと裏付けている。 「ユウちゃんはじめてだからって思ってたけど、もう焦らさないで。おれも限界なの」  赤の瞳は情欲を隠しきれていない。その目で見つめられるだけで、風呂で愛された身体がぞくりと疼いた。凜が、興奮している。他の誰でもない、悠のせいで。どんな女でも男でも抱ける力を持った男が、悠だけを見て。 「り、ん……」 「ユウちゃん、全部見せて。一緒に気持ちよくなろ?」  凜の手が確かめるように身体のラインを滑っていく。それだけでもう昂ってしまって、はあ、と吐息が混ざった声が漏れた。 「っ、あ……」 「脱がしちゃうね?」  彼の手は最後に残った理性を剥がしていく。全てを晒す羞恥と、抗えない興奮がベッドの上に晒される。 「ぁ……!」 「ユウちゃんも興奮してるね。よかった」 「い、やだ……俺、変態みたいだっ……」 「好きな人に触れて興奮すんのって変態なの?」 「そうじゃなくてっ……こんな、ちょっと触られただけで、すぐっ……」 「うん、感じやすいユウちゃん、かわいいよ?」 「凜、その……へ、変になったら……ごめん……」  凜の手で触れられると、自分がどうなってしまうのかわからないくらい気持ちがよくなってしまう。浅ましいところを見て、どうか彼が愛想をつかないようにと祈った。 「変じゃないよ、世界で最高にかっわいい」  ふたつの影がそっと重なる。零れ始めた甘い嬌声は、重厚な壁に守られて凜しか聞くことはなかった。

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