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第二十話 読み聞かせ

「『……女王はまっかにもえあついあついくつをはかされて、おどるようにはしりまわりました。』……おしまい」 「えっ、終わり怖くない!?」 「童話って結構オチ怖いやつ多いんだよ。悪いことしないようにって教訓も入ってるのかな」 「へえー……」 「あと昔話は意地悪な母親が継母って設定が多いけど、原典だと本当の母親ってパターンもある」 「げんてんってなに?」 「えーっと……一番最初? オリジナル? ってこと」  ベッドの中でぱたんと絵本を閉じる。絵本を知らないという凜のために、読み聞かせをするようになってしばらく経った。  今日の絵本は白雪姫だ。残酷なエンディングに凜はえげつないね、と楽しそうな顔をする。  古今東西の絵本を読み聞かせるのは案外楽しくて、つい色々な本を買ってきてしまう。なので凜が新しく買った本棚は、二十二歳と十八歳が住んでいるとは思えないラインナップで揃えられていた。 「ねえ、ユウちゃんはどんな絵本好きだったの?」 「んー? そうだなあ……わらしべ長者とか?」 「どんな話なの?」 「主人公が『その日初めて手にしたものを大切にしなさい』ってお告げもらって、その通りにしたら幸せになるって話」 「じゃ怖くないんだ。ユウちゃんらしいね」  凜がぴったりと身体を寄せてくる。彼の体温はあたたかくて、傍にいてくれるだけで穏やかな気持ちになる。 「俺は悲しい終わりとか、怖い終わりの話とかだといつも泣いちゃって、寝かしつけどころじゃなくなったらしい。だから父さんと母さんは幸せな終わりの話を本屋で探し回ったんだって」  記憶にはない優しい母と、悠を愛してくれていた頃の父との思い出。悠は桃太郎ですら『戦いが怖い』と言って泣いてしまったそうだから、両親はかなり苦労をしただろう。 「あはっ、それもユウちゃんっぽい。昔から泣き虫なんだね。今もすぐ泣くし」  怖くなったらいつでも泣いていーからね、と頬にひとつ口づけが落ちる。 「もう十八だからそんな簡単に泣かない……」 「あれ? この前ドラマ見て涙ぐんでたのなぁに?」 「あっ……あれは泣くだろ!」  この前凛と見た長い間離れ離れだった恋人が再会する恋愛ドラマは、ラストのシーンで涙を誘われた。ぐずぐずと鼻を啜る悠を、凜はかわいーと撫で続けていた。  ニマニマと笑みを作る凜に口で勝てたことがなくて、少し悔しい。凜ばかり余裕があって、自分が年下でまだ子どもだということを嫌でも見せつけられてしまう。 「……凜が泣いてるところも、見てみたい……」  ぽつりと願望を口にすると、彼はぷっと噴き出した。 「あははっ、『佐神の赤鬼』泣かせたいとか、ユウちゃんどんだけ大物?」 「違っ、そういう意味じゃなくて! 俺ばっか泣いて恥ずかしいなって思っただけで!」 「んーん? 泣いてるユウちゃんもかわいいんだから、気にしなくていいのに」  子どもをあやすようによしよしと頭を撫でられる。凜は子どものように無邪気で無知な一面があるのに、どこか大人の余裕があるのが羨ましい。 「……読み聞かせられてるの、凜なのに……俺の方が子ども扱いされてる気がする……」  子ども扱いが少し寂しくて口を滑らせると、凜は確かにね、とケタケタ笑った。 「おれを子ども扱いしたがるのなんて、親父とユウちゃんだけだよ。親父は子どもっていうかガキ扱いだから、甘やかしてくれるのはユウちゃんくらいかも?」 「……それは、まあ……」  凜の特別であるということは、正直かなり嬉しい。恐れられていて怖い凜を甘やかせるのは、悠だけ。 「そうだよ、ユウちゃんは特別なんだから ちょー特別」  ぎゅう、と彼の腕の中に閉じ込められる。瞼に口づけが落ちてきて、砂糖のような甘さに心の奥がきゅうと疼いた。 「……ん」  彼の背中に腕を回す。とくん、とくんと凜の心音が聞こえてくる。 「ほらユウちゃん、おれのことちゃぁんと寝かしつけて?」  子どものような笑顔で、子どもがしないような要求が降ってくる。  だから悠は、凜のさらさらの髪をそっと撫でて。 「……いい子だから寝ような、凜?」  恐ろしい恐ろしいヤクザの若頭を、『いい子』と呼んだ。 「はぁい」  凜はくすくすと笑みを零して、悠をいっそう強く抱き締める。  彼の腕の中は優しくて、世界で一番安心できて。悠は自分だけの安全地帯で、そっと瞼を閉じた。

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