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第二十一話 長い別れ

 凛と身体を繋げてから、一ヶ月が経った。凛は次の日が休みだといつも悠を求めるようになり、悠も求められていることが嬉しくて、彼に全てを預けた。 「ユウちゃんごめんね、今日会食入っちゃって、夕メシ食えないや……」  凛は怒りと悲しみのオーラをまとって、ピザトーストを食む。 「そっか。じゃ俺も適当に済ませるよ」 「はーあ。なんで狸野郎たちと一緒にメシ食わないといけないんだろ。ユウちゃんの手料理が食いたいよ……」 「高いところの、うまいメシだろ?」 「ユウちゃんのがうまい! あと、メシ不味くなるような話しかしないからやなの!」  高級な店の料理より悠の料理を褒めてくれる凛に、胸がきゅうと疼く。どうしてこんなに嬉しい言葉をくれるんだろう。 「……じゃあさ、凛」  悠は紅茶が入ったマグカップを置いて、彼のやる気が出るようにひとつ提案をする。 「凛が帰ってきたら、夜食作るよ」 「ほんと!? マジで!?」 「嘘つかないよ。何がいい?」 「えっと……じゃあね、おにぎりっ! 前に食った、ツナマヨにコーン入ってるやつがいい!」 「夜食にしちゃちょっと重い気もするけど……わかった、おにぎりな」 「やったっ! 絶対、ぜーったい作ってね! 約束だから!」 「わかったから、落ち着いてくれ」 「おれが帰ってくるまで待っててね!」 「はいはい、ちゃんと待ってるよ」  凛はご褒美を約束された子どものようにはしゃぐ。  その約束が、ふたりの長い別れになるなんて、この時は思ってもいなかった。  夜十一時半になっても、凛は帰ってこなかった。 「……遅いな……」  心配になってメッセージを送っても既読にならない。会食が長引いているのだろうか。組の誰かに連絡を取れば、何をしているのかわかるかもしれない。  そう思ってスマートフォンを取り出して、九十九に連絡しようとした時だった。  玄関のドアが勢いよく開く音がする。そして、数人の足音も。 「凛さん、待ってください!」  九十九の声だ。彼がこんな大声を出すのは初めて聞いた。いや、それよりも。 「凛……?」  よかった、彼が帰ってきてくれた。おかえりと言って、急いでおにぎりを作って──。  バタン! とリビングのドアが開く。そこには、頭に包帯を巻いた凛がいて。 「凛……!? 怪我したのか!? 大丈夫か!?」  急いで彼に駆け寄る。頬にもいくつか傷が見えた。そっと彼に触れようとして。 「──アンタ、誰?」 「……え?」  凛は、冷たい瞳でそう言い放った。 「記憶喪失、らしいのです」  九十九は頭を下げてそう呟いた。 「相手は話し合うつもりなどなく、武器を持ち込んでいました。凛さんは親父を庇いながら戦って、その時に頭を強く打って……」 「……記憶、喪失……」  そんなことが現実にあり得るのか、と疑ってしまう。けれど確かに、凛は悠を見知らぬ他人として扱っている。 「ちょっと銀、カタギにほいほい頭下げるなよ」 「いえ、悠さんには謝らなければいけません。本当に、なんと謝罪をしたらいいのか」 「っ、銀さん、頭上げてください! 銀さんのせいじゃないんだから……!」 「……医者の話では、記憶を呼び起こせるように忘れているものと積極的に触れさせるといいとのことです。凛さんが忘れているのはここ数ヵ月の記憶で……」  つまり、悠との思い出がすっぽり抜けてしまっているということだ。 「……わかりました。傍にいれば、思い出してくれるかもしれないんですね?」 「あのさ、さっきからうるさいんだけど。ここおれの家だよ?」  凛は冷たい笑顔でこちらを見る。 「なんでおれが他人を住まわせなきゃいけないの?」 「他人ではありません。悠さんは凛さんの恋人です」 「だからそれが信じられないって言ってんの。なんでこんな弱そうなカタギがおれの恋人なわけ?」  凜の瞳は冷たかった。ぞくりと背筋に寒気が走る。 「っ……」 「とにかく凜さん、悠さんと行動を共にしてください」 「えーめんど……他人と一緒とか、超ストレスなんだけど」  凜は弱者を見る目で悠を見やり、ひとつため息を吐いた。 「っ、凜、あの……夜食、食うか? おにぎり、すぐ作れるようにしてて……」  悠がおずおずとたずねると、凜はにっこりと笑んで。 「あはっ、冗談。誰かも分からないやつが作ったメシ、食うわけないでしょ」  悠の全てを、否定した。  

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