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第二十二話 ヒーローは来なかった
凛は宣言通り、悠の作ったものを食べようとはしなかった。それでも悠は凛の分の食事を作り続けた。
いつか、もしかしたら今日は。そんな願いは凛が食事を一瞥して去っていく度に壊されていく。
「アンタってさ、おれの恋人だったんでしょ」
食べられることのない夕飯を食卓に並べていると、凛がそうたずねてきた。
「う、ん……付き合ってた」
「じゃあさ、おれに抱かれてたってことだよね?」
「っ……」
不躾な質問に羞恥を覚える。こくん、と頷くと、凛は悠の手を引っ張り、寝室に引きずり込んだ。
「痛っ……凛、何を……」
「ちょうど今溜まってるんだよね、相手してよ」
「な……!」
乱雑に身体がベッドに投げられる。嫌だ、今の凛は悠を愛していないのに、身体だけなんて。
「や、やだっ……」
「おれのこと好きなんでしょ? 処女でもないんだし、カマトトぶんないでよ」
凛に力で敵うはずもなく、シャツのボタンを引きちぎられる。ズボンを強引に引きずり下ろされて、悠は恐怖を覚えた。
「やだっ、やだっ! 凛、やめてくれっ……!」
こんな風に身体を繋げたくない。凛とは愛し合ってひとつになりたいのに。
「あのさ、気安く名前で呼ばないで」
下着も取り払われて、彼の前に肌の全てを晒される。死にかけたことも襲われかけたこともあったが、今が一番怖くて、恐ろしくて、悲しかった。
『何かあったらすぐおれを呼んでね。絶対に助けるから』
その言葉を、思い出して。
「やだっ……! 凛、助けてぇっ……!」
悠は必死に、自分だけのヒーローに助けを求める。凛はいつだって悠を助けてくれた。守ってくれた。
「凛、りんっ……!」
それに、一縷の望みをかけて。けれど。
「あはっ、襲ってる人間に助けてってなに? 頭おかしくなったの?」
凛は、笑いながら悠の口を塞いだ。
「いいから黙って抱かれてろよ」
ぴし、と、どこかにヒビが入る音がした。
「おれ寝るから、どっか行って」
行為が終わった後、凛はそう言ってベッドに寝転んだ。悠は事後特有の気だるい身体を引きずって、風呂場に足を運ぶ。
ぺたん、と冷たい床に座り込むと、彼に注ぎ込まれた欲望が虚しく垂れてきた。
「っ、ふ、ぅっ…………!」
怖かった。痛かった。悲しかった。優しさの欠片もない、ただの性欲処理のための行為だった。
自分で後ろを準備しろと言われて、言う通りにしたら変態とののしられ、充分に解れていないそこに、欲望を突き立てられた。苦しいのに、彼によって快楽を覚えさせられた身体は、浅ましくもそれに反応してしまって。
『なんだ、反応してんじゃん』
凛に嘲笑われて、悠は涙を流すことしかできなかった。
「ぁ、っ……ひっ、う……!」
いつまで、この地獄は続くのだろう。悠のヒーローは、いつになったら助けに帰ってきてくれるのだろう。
「っ凛、凛……たす、けて……」
悲痛な声は、誰にも届かなかった。
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