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第二部 第一話 幸せな日常

 唇に、何かが触れている感覚がする。 「ん…………」  ゆっくりと目を開けると、そこには自分を見下ろしている上機嫌な赤髪の男。 「あ、起こしちゃった? ごめんね?」 「いいよ……おはよ、凛」  どうやら彼は眠っている悠の唇を堪能していたらしい。傷ひとつない頬に触れると、凛はふふっと笑みを零した。 「ユウちゃんの寝顔かわいくてさ、我慢できなくてちゅーしてた。寝起きの顔もかーわい」  ちゅ、ちゅ、と顔にいくつも小さな口づけが降ってくる。くすぐったくて身体をよじらせると、逃げないでと抱き締められた。  はむ、と唇を食べられて、咥内に舌が入り込んでくる。頬の内側を舐められ、舌が絡むと甘い声が漏れてしまった。 「ぁ、ん……」  必死に、彼に教わった通り鼻で呼吸をする。それでもまだ慣れていなくて、十数秒で呼吸が苦しくなる。 「ちょっとずつ慣れてきたけど、まだ息するの下手くそだね。童貞丸出しなのほんと最高」  クスッと笑われて、悠は少しだけ顔をしかめる。 「ど、童貞だけど……経験ないわけじゃ、ないから」 「うんうん、おれといーっぱいしてるもんね? エロいこと。昨日もすっごいかわいかったし」 「っ…………」  さらりと尻を撫でられ昨夜の情事を思い出してしまい、顔が熱くなる。凛に総てを晒して、甘い悲鳴が我慢できなくて、彼に縋って。 「エロいユウちゃんも好きだけど、いつまでもウブなユウちゃんも大好きだよ」  凛は燃えるような赤い瞳に思慕の情を映して、悠を見つめる。その目で見られるだけで、胸の奥がきゅうと疼いてしまう。 「り、凛、そのっ……あ、朝メシ作るからっ!」  ぐいぐいと身体を押すと、凛ははぁい、とわらって退いてくれた。 「今日の朝メシなーに?」 「卵いっぱいあるから、ハムエッグにしようと思って」  スープは昨日の夕飯の残りがあるし、食パンも買ったばかりだ。 「やったっ! ね、ハム薄いやつがいいっ、あと卵はねっ」  凛は酒のつまみには分厚いハムを焼いたものが好きだが、初めてハムエッグを作った時に薄いハムの虜になってしまった。  彼の食の新規開拓が出来る度、悠の胸はどうしようもない嬉しさでいっぱいになる。 「わかってる。黄身が半熟、だろ?」 「さすがユウちゃんっ」  がばっ、と腕の中に閉じ込められて、子どものように頬擦りをされる。凛の スキンシップが幼い様子は、どうしようもなく庇護欲を掻き立てた。 「り、凛、抱き締められてたらキッチンいけない」  彼の温もりは離れがたいが、腹を満たすためには一度離れなければ。 「うまいの作るから……な?」 「はぁい。じゃ、食い終わったらイチャイチャしよっ」  ふたりは笑みを浮かべながら寝室を後にする。  悠だけのヒーローとの共同生活は、穏やかに、幸せに続いていた。

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