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第二部 第二話 貴方を甘やかすのは

 家に帰ってくるなり、凛はソファに倒れ込んで屍と化していた。 「あ゛ー…………」  疲労も見えるが、昼間なのに酒の匂いと苛立ちがわかる。 「凛、おかえり……?」 「ユウちゃん……ただいまぁ…………」 「飲んだのか? 酔ってる?」 「会食だったの……飲まないと舐められるからさあ……もう日本酒もビールも見たくない…………」  彼は酒は嗜むが、そこまで量を飲んでいるのを見たことがない。飲んでベロベロになったら手つけられないから止めろって言われてる、と冗談かわからないことを以前言っていた。  悠は急いで酒を分解するのにいいものを調べ始める。 「ええと……スポーツドリンクは飲み過ぎに注意、水をたくさん飲むこと……」  ストックのスポーツドリンクを一本取り出してコップに水を注ぐ。それらを倒れている凛の近くに置いた。 「凛、水とスポーツドリンク置いとくから」 「んー……飲ませてぇ……」  相当弱っているらしい。凛がむくりと起き上がったので、ペットボトルの蓋を開けて口元に持っていく。  こく、こくと喉仏が動いて、スポーツドリンクが減っていく。その動きが色っぽいと思ってしまったのは、何だか変態じみているので悠だけの内緒にした。 「っあー……沁みる……ありがと、ユウちゃん」 「その、お疲れ様」  凛の様子から見るに、楽しい飲み会ではなかったのだろう。大人は大変そうだ。 「もー疲れたよぉ……おれの嫌いなもの、狸ジジイとの会食と頭使うことだからさあ……」  彼はぽす、と肩によりかかってくる。 「なにほんと、分家筋のジジイ共が金と土地の所有権せびってきてさあ……五十年前の恩を忘れたかとか知らねえよ生まれてないし」  凛の愚痴は止まらない。綺麗な赤髪をそっと撫でるともっと撫でて、とリクエストが飛んできた。 「親父が健康のためにって酒の量セーブして飲んでるの、もう老い先短いからかーとか、この程度飲めないで組長が勤まるのか笑わせるーとか、ほんとクソ」 「典型的なアルハラだな……」 「うん……だからおれ、親父の代わりに一升瓶半分くらい飲んだ……」 「一升瓶って……スーパーに売ってるあれ!? あれの半分!?」  酒を飲んだことはないが、それが相当量であることはわかる。かなり無理をしたらしい。 「うん……流石にきつい…………」 「その、大丈夫か? 気持ち悪いとか……」 「それは今んところないかな……でも頭ぐわんぐわんする」  こんなに弱っている凛は初めて見た。飲みたくない酒を龍一のために飲んだ彼を労ってやりたくて、ぎゅう、とその身体を抱き締めた。 「凛、あのさ……元気になったら、凛の好きなものいっぱい作るからな」 「好きなもの……? なあに?」 「えっと、ハンバーグトマトソースにして、オムライスも作る。豪華バージョンで、ケチャップライスは鶏肉とウインナー両方使いのやつ!」  凛は肉と火を入れたトマトが大好物だ。だからそれ尽くしのメニューを提案する。 「マジ? 何があっても食いたいんだけど」  凛の瞳に少しだけ生気が戻る。これで彼を癒せるのなら、こんなに嬉しいことはない。 「お子さまプレート凛専用スペシャル、でいいか? 子どもっぽい?」  悠は名付けのセンスはない。安直な名前をつけると、凛は悠の身体に縋りついてきた。 「ユウちゃ~ん…………すき…………」 「俺は凛の嫌いな人たちどうにもできないけど、簡単なメシは作れるから……逆に言うと、それしかできないけど」  その食事だって、煌びやかなものは作れない。どこにでもある、ありふれたものばかり。自嘲を込めて笑うと、凛がちょっと、と反論を始めた。 「何言ってんの、ユウちゃん自己評価低すぎ。もーーーーっと自分のことすげえって思いなよ」 「凛がそう言ってくれるのは嬉しいけど……その、あんまり学校でも成績よくないからさ。友達からも、面白みないって言われるし」  悠が通っている学校で求められるのは、高級志向の独創性溢れた料理。友人から言わせれば、悠の料理は地味すぎるらしい。 「それは学校のやつらが見る目ないだけ! もしかしておれがうまいって言ってるの、嘘だと思ってる?」 「思ってないよ。凛は嘘なんてつかないだろ」 「じゃー毎日ユウちゃんのメシ食ってるおれの言葉信じてよ。ユウちゃんのメシはうまいし、ユウちゃんは優しくてかわいくてサイコーの恋人なのっ」  ふに、と両頬を摘ままれて、わかった? と顔を覗き込まれる。むくれている凛の顔が可愛らしくて、ふっと笑みが零れてしまった。 「わかった、じゃあ凛を嘘つきにしないために、ちゃんとうまいの作るから」 「よーし、よろしい」  凛は悠の膝の上に頭を置いて、猫のように丸まる。 「なあ凛、飲み過ぎにはしじみがいいって聞いたんだけど、買ってきていいか?」 「だぁめ。酒井に買ってこさせるから、ユウちゃんはおれに構って」  彼はスマートフォンで酒井にメッセージを送ってからそれをソファの上に放り投げ、悠の手を握る。 「ユウちゃんが大人になって酔っぱらったら、おれが介抱してあげるからね」 「……そっか、期待しとく」  悠が酒を飲めるようになるまで、あと二年。凛はそれまでは確実に悠を傍に置くつもりなのだ。それが嬉しくて、凛の白い肌をそっと愛おしげになぞった。

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