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第二部 第三話 無力

「いや本当なんすよ! お袋が牛乳で作ってくれたゼリーがマジでうまくて!」 「牛乳ってゼリーになんの?」 「多分、寒天かゼラチン使って固めたんじゃないかな」  佐神組へのケータリングを終えて、雑談話に花が咲く。今は昔に食べたおやつのことを組員の袴田が語っていた。 「なんつーか、シンプルなのにすっげえうまくて……あれは思い出の味っすね。食いてえなあ……」 「あの……お母さんの味と一緒かはわからないですけど、寒天ゼリーなら作ったことありますよ。夏休みの自由研究で」 「マジすか悠さんっ! 作ってください! お願いしますっ!」 「袴田? ユウちゃんがなんでも作ってくれると思ってないお前?」 「カシラがそれ言いますか!?」 「いいよ、凛。なら作りますね。冷やし固める時間あるので、すぐできるってわけにはいかないですけど」 「あざすっ!」  袴田は深々と頭を下げる。若衆である彼も、すっかり悠を仲間として認識してくれているらしかった。 「じゃあ、牛乳と寒天買ってきます」  悠は食事用に自由に使っていいと言われた金が入っている財布を持って、事務所の出口に向かう。 「待ってユウちゃん、危ないからおれも」 「大丈夫だよ、すぐそこのスーパーだから──」  凛にそう言った時だった。目の前の扉が開いて、目の前には血走った瞳の男が立っていて。 「……え?」 「うわあああああああっ!」  男は急に叫びだして、その手に持っている銃を一発天井に向かって撃った。人生で初めての発砲音に、身体が動かない。 「ユウちゃんっ!」  男は悠を羽交い締めにして、こめかみに銃を突きつけた。 「つ、九十九って男を出せ! あいつのせいで俺の人生めちゃくちゃだっ!」  息が荒く、男が興奮状態にあるのがわかる。抵抗すれば悠は頭を撃ち抜かれるだろう。 「九十九はおれの部下なんだけどさ、その子とはなんも関係ないから離してくんない?」 「うるせえっ! こいつも佐神組のやつなんだろ! なら同罪だ!」  ぐりっ、と銃が頭にめり込む。 「っ、り、ん……」  怖い、怖い。いつ男が発砲するかわからない。悠はがたがたと震えて、凜に助けを求めることしかできなかった。 「凜、助けてっ……」  瞬間、凜が動いた。机に置いてあった灰皿を手に取って、激昂している男に向かって投げる。灰が宙を舞って、男の顔面にぶちまけられた。 「ぶっ!」  男の気が逸れた一瞬で凜は距離を詰め、男の腹にに長い足をめり込ませる。悠は男の腕の中から解放された。慣れた体温に抱き締められて、助かったのだと思う。 「っ、くそがぁっ!」  だが、凜は男を無力化することより、悠を助け出すことを優先した。男の手には、まだ拳銃が握られていて。  パァン、と破裂音が響く。男の一番近くにいた自分が撃たれたのだと、悠は目をつぶって痛みを堪えようとした。 「……?」  けれど、いつまで経っても痛みはやってこない。恐る恐る目を開けると、確かに銃口から白い煙が立ち昇っていた。 「っ痛ぁ……まずったなぁ……」  凜の苦痛を孕んだ声。彼の横腹に、血が滲んでいる。凜は男から悠を守っていた。 「っ、り……凜っ!」  ひゅっ、と息を失う。凜が撃たれた。悠を庇って。きっと彼ひとりだったらどうとでもできたのに、悠がいたから。 「テメェっ!」  袴田が男を殴り飛ばして、拳銃が床を滑る。男は抵抗を示していたが、体格のいい袴田に何度も殴られてやがて大人しくなった。 「あー……撃たれたの、久しぶり……」  凜はあはは、と笑う。その間にも、赤いシャツが血でもっと赤くなっていって、彼の顔色が青ざめていく。 「凜、凜っ!」 「ユウちゃん、だいじょーぶだから……ちょっと撃たれただけだし」  凜の身体が力を失ってへたりと座り込む。その額には脂汗が浮かんでいる。 「あ、あっ……」  どうしよう、どうしよう。悠はただ広がっていく血の染みを見ることしかできなかった。 「へーきへーき、落ち着いて……。こんなん、かすり傷、だからさ」  凜はいつものにへらとした笑みを浮かべているが、撃たれたことがかすり傷なわけがない。  ────どうしよう、俺の、せいで。  悠が助けてなんて言わなければ。悠が自分で自分を守れていれば。凜がこんな怪我をすることはなかったのに。こんなにたくさん血を出してしまったら、死んでしまうかもしれない。 「り、凜が死んじゃうっ……」  どうにかしなければと思うのに、身体が動いてくれない。何をすべきかもわからない。 「カシラっ! 今医者呼びますっ!」  男を無力化した袴田がスマートフォンを取り出す。凜はさんきゅ、と腹を押さえながら笑う。 「……だいじょーぶ、このくらいじゃ死なないって……」 「り、ん……」  凜の左手がそっと悠を撫でる。  初めて傷ついた凜を見て、悠は自分の無力さを突きつけられた。

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