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第二部 第四話 綺麗な手

「ほらね? 言ったでしょ、死なないって」  病室に入るなり、凜はいつもの笑顔でそう言った。とても数時間前に腹を撃たれたとは思えない。けれど彼の腹部には、しっかりと包帯が巻かれていて。 「っ……」  悠は、袴田が闇医者を呼んでいる間も、凜が手術室に入っている間も、ただ泣くことしかできなかった。凜が死んでしまうかもしれない。そう思うだけで身体が言うことを聞いてくれなかった。 「っ、うっ……り、んっ……」 「もーユウちゃん心配しすぎ。 こっち来て?」  凜は両手を広げる。彼に近づくと、ぎゅう、と強く強く抱き締められた。 「ちゃぁんと生きてるでしょ。だいじょーぶだから」 「りん……凜っ……ひ、ぅっ……ぁ、うわぁぁああっ……!」 「なんで泣くのー? ユウちゃん大げさだなあ」  凜は何故か機嫌がよさそうに悠の顔に口づけを落としていく。零れていく涙を舐め取られて、頬がくすぐったい。 「いえカシラ、普通恋人が撃たれたらそうなりますって」 「だっておれだよ? 死ぬわけないじゃん」 「悠さんは人が撃たれるのなんて初めて見るでしょう……」 「凜、ごめんっ……お、俺の、せいでっ……!」  悠が助けて欲しいなんて言わなければ、悠を庇わなければ凜が撃たれることはなかったのに。悠がいたせいで、悠のせいで凜が怪我をした。悠が、無力だったから。 「え、どこがユウちゃんのせいなの? 悪いの銃持ってきたやつでしょ?」 「助けて、なんて、言ったからっ……!」  嗚咽を漏らしながら罪を告白すると、凜はふにりと悠の両頬を摘まんだ。 「おれはユウちゃんのヒーローなんでしょ? なら助けるのはとーぜんじゃないの?」 「でもっ……! 俺が自分で何とかできてたら、凜はっ……!」 「あはっ、素人が銃持ってる相手に何かできるわけないじゃーん。ユウちゃん変なところで思い上がるね」  いいからぎゅってして? と願われて、悠は傷が痛まないかと心配しながら凜を抱き締め返した。 「ごめん、ごめんっ……!」 「やだなぁ、謝んないでよ。ユウちゃん悪くないんだから」 「う、うっ……うう~っ……!」 「ゆーちゃーん? そんなに泣いたら目ん玉溶けるよー?」  いつまでも泣き止まない悠の頬に、凜の口づけがひとつ落ちる。 「っ、俺、護身術習うっ……喧嘩できるようになるっ……」  凜のお荷物にはなりたくない。少なくとも、凜が悠のせいで傷つくことが二度とないように、努力したかった。けれど凜は、そっと悠の手を握って。 「だぁめ。ユウちゃんは人殴んないで?」 「っ……」  そのまなざしは、大切な何かを守ろうとするヒーローのものだった。 「ユウちゃんの手は、うまいメシ作ってくれる手だから。人殴って血で汚れるのは、おれの役目でしょ?」 「で、も」 「なんだっけ、てきざいてきしょ? だっけ。お願いだから、ユウちゃんは綺麗なままでいてよ。ユウちゃんがボコボコにしたいやつは、ぜーんぶおれが殴ってあげる。ユウちゃん傷つけるやつからも守ってあげるから、ユウちゃんは誰も殴んないで。おれみたいな暴力だけのやつになっちゃだめ」  赤の瞳は愛しさを孕んでいて、人を傷つけることしかできないと言う手は、あたたかくて優しくて。  ずるい。悠に綺麗でいてほしいから、汚れを全部請け負うなんて。そんな卑怯なエゴが他にあるだろうか。  凜の手を汚させる罪を、どう背負えばいいのかわからない。きっと凜は、何があっても悠の手を汚させてくれない。 「お願い、弱いままの、おれに守られてるかわいいユウちゃんでいてよ。ユウちゃんのヒーローやるの、結構気に入ってるんだよ?」  そんなことを、楽しげな笑顔で言うから。 「っ、凛、凜……!」  悠は、彼を抱き締めることしかできなかった。

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