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第二部 第六話 しょうが焼きとキスの練習

「凛、味見頼む」 「はぁーい」  小皿にくたくたになった玉ねぎと肉の欠片を乗せて、凛に渡す。今日はしょうが焼きだ。  凛はすっかり慣れた手つきで赤色の箸を使い、ぱくりとしょうが焼きを口に含む。 「んまっ。んー、もうちょい醤油あってもいいかな?」 「醤油な、わかった」  ほんの少し醤油を鍋肌に回して、具材と混ぜ合わせる。 「はい、もう一回」  さっきより少し色の濃くなった玉ねぎを渡すと、凛はうん! と笑顔になった。 「んまいっ! ね、ユウちゃんってさ、なんで適当に醤油とか塩とか入れてるのにうまいの作れるの?」 「ああ、目分量ってこと? もう何回も作ってるレシピはいちいち計ったりしないなあ。多分こんなもんだろ、って量より少し少なめにして、味見して調整すればいいから」 「すごっ、プロじゃん」 「全然。普通に料理する人も目分量でやること多いと思うぞ」  凛と会話をしながらしょうが焼きを皿に盛る。添え物のキャベツはお酢であえて酢漬け風にした。 「それがすごいって言ってんのー。褒めてんのにー」 「わかったわかった、ありがとうな」  むう、と膨れた凛の頭を撫でる。凛は悠が謙遜をすると不機嫌になってしまう。彼からしたら悠は自己肯定感が低いらしい。 「ほら、できたぞ。米頼む」 「はぁい。いー匂いっ、腹減ってきた!」  凛はうきうきとふたり分の白米を盛る。しょうが焼きだからと多めに炊いたのは間違いではなかったようだと思うくらい、大盛りに。油揚げの味噌汁をよそってテーブルに置けば、夕食の完成だ。  ふたりで席に座って、手を合わせる。 「じゃ、いただきます」 「いただきますっ」  凛ががぶっ、と豚肉に食らいつく。その食べっぷりを見るたびに、胸がきゅうと疼いてしまう。 「うん、うまいっ!」  悠もひと口を食べると、しょうがのぴりっとした香りが鼻に抜けて、醤油とみりんでできた甘辛い味付けがどこかほっとする。  どこにでもある、ただの平凡なしょうが焼き。けれどそれが、何よりも美味だった。  何より、凛があぐあくと幸せそうにそれを頬張ってくれるのが、嬉しくて。  悠は、心からの笑顔を浮かべた。 「じゃ、イチャイチャしよっか?」  夕飯が終わった後、リビングのソファの上で、何故か凛の膝の上に座らされていた。 「う、うん……」 「もー、毎日イチャイチャしてんだから照れないの。ウブだなあユウちゃんは」  する、と凛の手が腰をなぞる。そんなことを言われたって照れるし、緊張する。だって好きな人がこんなに近くにいて、悠を蕩けさせてしまうのだから仕方がない。 「今日はユウちゃんからちゅーして? 教えてる通りに、息忘れないでね」 「……ん」  悠は凛に童貞と言われるのを地味に気にしている。恋愛の手管がないのは事実だ。だから、できる限り練習はした。  ゆっくり顔を近づけて、凛の形のいい唇に触れる。柔らかいその感触だけで、心臓がばくばくとうるさくなった。 「んっ……」  鼻呼吸を忘れないように気をつけながら、唇を押し当て続ける。二十秒続いたそれを終わらせると、凛がくすくすと笑った。 「いつもより長くできたね?」 「れ、練習……したから」  深夜の努力は実を結んだらしい。ぽろりとその言葉を漏らすと、凛の目がすっと細められた。 「練習?」  そして、悠の腰をぐいと引き寄せる。 「いつ、どんな練習したの? ひとりで頭ん中でしたんじゃないよね?」 「えっ、と……それは…………」  悠は羞恥で身体をもぞもぞと動かすが、凛に固定されているせいで満足に動けない。 「り、凛が寝てる時に……こっそり…………」  実は彼が気持ちよく眠っている時に、その唇に触れていた。どんなに口づけても反応が返ってこないのが少し寂しかったけれど、少しでも上手になりたかった。 「へえ? 寝てるおれにちゅっちゅしてたの?」 「っ……う、ん」 「なぁにそれかわいすぎ。起きてる時にしてくれたらいいのに」 「だって、練習だから」 「練習でもなんでも、おれはユウちゃんとちゅーしたいの」  凛の親指が唇に触れて、そっと輪郭をなぞられる。 「さっきのちゅー、息継ぎはちゃんとできてたけどまだまだ慣れてないね。長いのする時は、角度変えるといいんだよ」 「角度……」 「そ。こーやってね」  凛が顔を少し傾けて、はむりと唇を食らう。 「ん、んっ……」  補食されるようなキスに、うまくついていけない。凛は何度も唇を食んで、角度を変えてはそれを深くしていく。 「ぁ、ん……んんっ……」  唇が離れていくのを、名残惜しいと感じる。悠はきっと今、物欲しそうな目をしてしまっているだろう。 「深いのすると、気持ちいーでしょ? 次はユウちゃんの番ね」 「うん……」  はく、と凛の下唇を甘噛みする。顔を右斜めに傾けて、ちゅうと吸いついた。 「んっ、んぅ……」  悠が口づけを深くする度に、凛はそれに応えてくれる。もっと、と欲望が溢れて彼に縋りつくと、ぬるりと生あたたかいものが口の中に入り込んできた。 「んっ!?」  凛の舌は歯列をなぞって、粘膜をくすぐっていく。舌先を絡め取られると、その気持ちよさで身体がずくりと疼いた。 「んぁっ……ふっ、ぁ……」  頭が霞がかっていく。気持ちよさのせいで口の端から唾液が零れるのを止められない。 「ん……ユウちゃん、かわい」 「っ、は……凛、りんっ……」  蕩けたみっともない顔を晒しているのが恥ずかしいのに、もっと欲しい。 「ユウちゃん、興奮した?」 「う、ん……」  もっと凛と深く繋がりたい。唇だけじゃ足りない。もっと、身体の奥の奥まで。こんなことを思ってしまうのだから、悠は相当な変態だ。 「じゃ、ベッド行こっか。ユウちゃんのいろんなところ、かわいがってあげる」  凛の手が悠の尻をなぞる。その手つきだけで興奮を煽られて、浅ましくも腰が揺れてしまう。 「っあ、凛っ……」 「我慢できないよね。ふふ、ほんとかわいいなあ」  凛に支えられていないと立てないくらい、足に力が入らない。悠は疼く身体を押さえながら、凛と共にベッドルームへ消えていった。

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