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第二部 第十話 子どもと歪んだ恋心
ぱらりとページをめくる。最後の絵は、三匹の子豚が仲良く生活をしているシーンだった。
「『さんびきのこぶたは、いつまでもいつまでもなかよくくらしましたとさ。』……はい、おしまい」
「ん……」
隣を見ると、凜がかくんっと舟を漕いでいる。読み聞かせは無事彼を眠りに誘えたらしい。
「眠いよな、もう寝よっか」
「んん……」
絵本をサイドチェストの上に置くと、凜は体勢を変えて悠を腕の中に閉じ込めた。
「ユウちゃんの声、聞いてると安心する……」
「そうか? そんなこと言われたことないな」
「すっげえ落ち着くっていうか……なんか、ここは大丈夫だなあ、って感じする……」
凜はむにゃむにゃと口を動かしながら、そんなことを呟く。
苛烈な世界で生きている彼の、安心できる場所になれているということだろうか。
「……へへ」
凜の言葉が嬉しくて、思わず頬が緩む。凜の中に悠の居場所があるのが、何よりの幸せだった。
彼の背中に腕を回して、とん、とん、と一定のリズムで叩く。
「……♪ ……♪」
小さい頃に悠も歌ってもらった、有名な子守唄。小さな子どもを寝かしつけるためのそれを、たったひとりの恋人の為に歌う。
大切な、大好きな、凜の為だけに。
「ゆーちゃん……」
凜は今にも閉じてしまいそうな赤の瞳で、悠を見つめて。
「おやすみ……だいすきだよ……」
額にひとつ口づけを落として、夢の中に落ちていった。
「……すう…………」
「……本当に、子どもみたいだなあ」
実際、凜は子どもだ。嬉しいことがあったら喜んで、嫌なことがあったら拗ねて。ただ背が伸びただけの小学生に見えることが多い。けれど部下を従えるカリスマもあって、ヤクザの若頭をしている時は強くて格好良くて、悠よりもずっとずっと大人だ。その二面性が、彼の魅力なのだと思う。
口を開けてあどけない寝顔を晒していている今は、二十二歳には見えないほど幼く見える。
「可愛い……」
凜は悠を可愛いと言うけれど、悠にとってはただ女顔なだけの自分よりもあどけなくて素直な凜の方が可愛らしく映る。
「凜、りん」
彼の名前を呼ぶ。悠だけのヒーロー、悠を守ってくれる人、悠の存在を許してくれる人、悠を愛してくれる人。
凜の為だったら何でも────きっと、命だって投げ捨ててしまえる。それが歪んだ感情だとわかっていても、止められない。
悠はとっくに狂ってしまっている。夢で父が言った通り、恋のせいで駄目人間になってしまった。差し出せるものなら何でも差し出す。だから凜の隣に居たい。凜の隣にいるのは、悠だけがいい。
この温もりを知っているのは、悠だけでありたい。
そんな我が儘を凜に知られたら、きっと嫌われてしまうから内緒だ。
自分を抱き締めている体温に縋る。綺麗な肌に触れて、口づけをひとつ。
「……おやすみ、大好きだ」
世界で一番安全な場所で、悠はそっと目を閉じた。
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