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第二部 第十三話 罪悪感と願い

「っ、ふ、っ……ひっ、ぅ……」  真夜中、腕の中からすすり泣く声が聞こえて、意識が浮上する。見ると、抱き締めている悠が肩を震わせていた。 「ユウちゃん……?」  寝ぼけまなこで彼の肩に触れる。悠の目元は真っ赤で、セレストブルーは涙で濡れていた。 「っ、りん……」 「どしたの? なんで泣いてるの?」 「……っ、ぅ、ぁっ……!」  悠がぎゅう、と縋りついてくる。子どもをあやすように背中を叩いたが、どうして彼が泣いているのかわからない。 「凛っ……頼む、から……いらないって、言わないでくれっ……」 「……へ?」 「ゆめ、夢で……いらないって、消えろって言われてっ……」 「……!」  それはきっと、過去の記憶だ。凛は記憶を失った時、悠に無体を働いて、いくつもの言葉で傷つけた。 『いらない。アンタみたいな人に寄生する淫売、おれには必要ないから』  ──そう、言った。凛だけは言ってはいけない、最悪の言葉を。 「俺、俺っ……」 「ユウちゃん」  腕の中の存在をベッドに押し倒す。嗚咽を漏らす口を、そっと優しく塞いだ。 「ん、んっ……」 「……ユウちゃんのこと、いらないなんて思わないよ」 「ほん、とうに……?」 「ほんとだよ。ずっとおれの傍で笑ってて」 「っ、凛っ……!」  悠の腕が首の後ろに回る。気持ちが伝わるように強く強く抱き締めると、彼の涙がいっそう零れた。 「メシ、一生作るからっ……好きじゃなくなったら、セフレでいいからっ……! お願い、だからぁっ……!」  どうして、彼にこんな言葉を吐かせてしまうのだろう。どうして、あの時あんな言葉で彼を刺してしまったのだろう。 「なんでも、いいからっ……凛の、隣にいたいっ……だから、いらないって言うのだけはっ……」 「そんな悲しいこと言わないでよユウちゃん。おれは一生、ユウちゃんが大好きだよ。おれの大切な人として、一緒に生きてよ」  ちゅ、ちゅ、と何度も色々なところに口づけを落とす。こんなにも好きなのに、愛しているのに、悠は自分を大切にしてくれない。それがひどく悲しかった。 「凛、りんっ……」  泣きじゃくる彼を泣き止ませる方法がわからない。できるのは口づけて、触れて、この気持ちを伝えることだけ。 「ユウちゃんがいないと、おれは幸せになれないよ」 「っ……じゃあ、俺がいたら、凛は幸せ……?」 「そーだよ。ユウちゃんはおれの幸せなんだから、ずーっと隣にいてよ。隣で、ユウちゃんのこと守らせてよ」  また口づけをひとつ。彼は身体を擦り寄せて、凛から離れようとしない。凛の幸せの形をした人は、その言葉に縋って凛を求める。 「すき……凛、好き……」  涙を流して、全てを凛に捧げるその姿が痛々しくて、けれど愛おしくて。この腕の中の存在を、何があっても守り抜かなければいけないと思った。この世の全てから、悠を傷つけた自分自身からも。 「ユウちゃん、あいしてる。もう怖い夢見ないようにぎゅーってするから、ゆっくり寝よ?」  外敵から守るように、悠を腕の中に閉じ込める。悠は凛の頬に手を添えて、可愛らしい伺いをしてきた。 「キス、していいか……?」 「もちろん、いくらでも」  ちゅう、と子どものような口づけを捧げられる。やがて悠はすうすうと寝息を立て、あどけない寝顔を晒した。 「……おれ、ほんと最低」  悠についた傷は一生消えないだろう。最低な言葉を言った自分を殺すこともできない。できることは彼を守って、これ以上傷がつかないようにすることだけ。 「ずっと、ずーっとあいしてるよ、ユウちゃん……」  涙の跡が残る頬に口づけを落とす。世界で一番無力なヒーローは、過去の自分を呪いながら夢の中に落ちていった。 「おはよ、ユウちゃん」 「ん……はよ…………」  日が昇ってずいぶん経ってから、ふたりで目を覚ます。悠の目元はぱんぱんに腫れていて痛々しかった。 「やっぱ目腫れちゃったね。後で冷やそっか」 「……? 本当だ、なんで腫れてるんだろ」 「……ユウちゃん、昨日のこと覚えてない?」 「昨日?」  どうやら彼には泣いてしまった記憶はないらしい。それならそれでよかった。傷ついた記憶なんてない方がいい。 「んーん、なんでもっ」  だが、昨日伝えたことは悠に知っていて欲しかった。だから、眠たげな彼を抱き上げて、膝の上に乗せる。 「わっ、凛?」 「ねえユウちゃん、ユウちゃんはおれの幸せだから、ずっと、ずーっと幸せでいてね?」 「え、あ……?」 「間違ってもどうなってもいいとか、ひどい扱い受けてもいい、なんて言わないで?」 「それは、その……」  悠は心当たりがあるのか、肯定をせずにもごもごと口ごもっている。 「もー、自分のこと大事にしてって、いつも言ってるのに」 「ごめん……」 「いーよ、ユウちゃんが大事にできないなら、おれが大事にしてユウちゃんにも覚えさせるから」  そのうちユウちゃんのこと自分大好き人間にしてあげる、と言って凛は悠の唇を奪った。  つけた傷は、一生消えない。罪の意識も消えることはない。それでも互いに背負いながら、生きていくことはできるから。 「あいしてるよ、かわいいかわいいユウちゃん」 「……うん、俺も、凛のこと、愛してるよ」  凛に恋と愛を教えてくれた大切な人は、腕の中で幸せそうに微笑んだ。

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