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第二部 第十七話 ただひとりのための白雪姫
「凛、今日の絵本なにがいい?」
「んーとね、白雪姫!」
寝巻きに着替えて、ベッドの近くにある本棚から絵本を選ぶ。
「また? 凛、白雪姫好きだなあ」
「うん、最後に継母がやっつけられるところが好き!」
「そこなんだ……」
痛めつけるシーンが好きなんて、なんだか凛らしい。悠はベッドに入って、凛も準備ができたのを確認してからページを開いた。
「『むかしむかしあるところに、しらゆきひめというおひめさまがいました。しらゆきひめはなまえのとおり、ゆきのようなしろいはだをしていて、かみはくろくてくちびるはあかく』……」
「そこさ、いつも思うんだけど」
「うん?」
「ユウちゃんって白雪姫みたいだよね」
「……んん?」
凛の言っている意味がよくわからない。と思っていると、彼がさらりと悠の頬を撫でた。
「真っ白な肌に黒い髪でしょ、唇は真っ赤じゃないけど」
「し、白雪姫と一緒にしちゃ駄目だろ……綺麗すぎて命狙われるんだぞ」
「そんくらいかわいーでしょ、なに言ってんの」
凛は冗談を言っているように見えない。本当に悠が白雪姫と同等に可愛いと思っているようだった。
「……俺、毒リンゴなんて食わない」
「どーかなあ? おいしそーだったらあっさり食っちゃいそうで心配だよ」
凛は悠を押し倒して、腕の中に閉じ込めた。
「わっ」
「でもね、ユウちゃんに運命の王子様は会わせてあげない。怖い怖い赤鬼のキスで起きて?」
凛は楽しそうに笑んで、悠の唇に口づけを落とす。
「かわいそう、王子様に会えないで、怪物に捕まっちゃうんだから。でもどこにも逃がしてあげないよ」
「……いいよ、運命の王子様なんていらない」
悠を見つけてくれるのは、気まぐれで、強くて、怖くて、けれど優しい、悪い大人だ。
「俺は、凛がいいんだ。凛以外の人に起こされたくなんてない」
凛の両頬を包んでそう言うと、彼は満足げに笑って悠を抱き締めた。
「あはっ、じゃかわいーお姫様さらっちゃおっ」
機嫌のいい凛は猫のようだ。ぐるぐると喉の音すら聞こえてくる気がする。
「お姫様狙うやつはおれが全員地獄送りにするね?」
赤の瞳に狂気が宿る。彼は本当に言葉通り地獄送りにするから困ったものだ。
「さしあたっては昼間ユウちゃんにナンパしたやつらからかなあ」
「あれは道聞かれただけなのに。ナンパじゃないだろ」
昼間、ふたりで外に出掛けた時に凛が少し離れた瞬間に男ふたり組に声をかけられて、道を聞かれた。案内していたら凛がすぐに戻ってきて、男たちはそそくさと去ってしまったのだが。
「はい、お姫様モテる自覚ないのだめー。いけないんだあ」
凛がぷにぷにと頬をつまむ。彼が悠を叱る時の仕草だ。
「話しかけてくる男、みーんな狙ってきてると思ってよ」
「そこまで……?」
「そこまで! なの!」
凛は困ったなあ、なんて言いながら悠をぎゅうぎゅうに抱き締める。
「悪い虫つかないように、マーキングしなきゃ」
じゅう、と凛の唇が首筋の皮膚を吸うと、赤い花弁がひとつ咲く。
彼の独占欲が形になったようで、嬉しくなってしまうのは重症だろうか。
「……りん、もっとつけて欲しい」
「言ったね? キスマークだらけにしてあげる」
赤鬼は、雪のような肌にまた唇を這わせた。
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