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第二部 第二十話 赤い尻尾
「暑い……」
春がすぐ過ぎ去って夏がやってきた。スーパーから帰ってきたふたりは、汗をかきながらリビングに辿り着いた。
「あっつ! ヤバいねこれ。早くクーラーつけよ」
凜はリモコンを操作してクーラーを入れてくれる。すぐにひんやりとした風がやってきて、身体を冷やしていった。
「あー……」
彼はソファになだれ込んで長い両手をだらんと落とす。相当堪えているようだ。
「凜、麦茶飲むか?」
「んんー飲む……」
凜に背を向けて、冷蔵庫に向かう。昨日の夜から水出しで抽出した麦茶は、綺麗な茶色になっていた。氷を三ついれて、それをふたつのコップに注ぐ。
「麦茶入ったぞー」
「ありがとお……」
頭の上で手を動かしていた凜がむくりと起き上がる。それを見た瞬間、持っていた麦茶が手から離れて机に着地した。
「っ、り、りんっ!?」
「んー? なに? なんでそんな焦ってんの?」
凜は──首の後ろにまでかかっている赤い髪を、結んでいた。束ねられた髪の毛はまるで尻尾のようだ。それがぴょこん、と跳ねている姿は愛らしいと同時に、いつもと雰囲気が違って色気があった。
「か、かみ、なんで、むすんで」
「え、暑いから結んだんだけど。変?」
「変じゃなくて、そのっ……!」
普段とは違うギャップにあわあわと慌てていると、凜がくすっと笑った。
「まさかユウちゃん、髪の毛結んだだけでドキドキしてる?」
「ち、ちがっ、違くないけどっ! だっていつもと違うっていうか!」
「うわあ顔真っ赤、超かわいー。おいで?」
凜がソファから起き上がってん、と両手を広げる。おずおずと彼に近づくと、あっという間に腕の中に閉じ込められた。
「ふふ、そっかあユウちゃん髪型変わるのに弱いんだあ。いーこと知ったっ」
凜は悠の手を導いて、赤い尻尾に触れさせる。
「これ、好き?」
「っ……すき、だ……」
「じゃあ好きなだけ触っていーよ。ユウちゃんだけ、特別」
さらさらの髪に触れる。燃えるような、赤。正義のヒーローの色でありながら、血の色であるそれ。
「惚れ直してくれた?」
「……うん…………」
「あはっ、ほんとかわい。おれが髪型変えただけできゅんきゅんしちゃった?」
「だ、誰だってそうなるだろ……」
「おれにきゅんきゅんするの、世界でユウちゃんだけだと思うよ? おれ一応ヤクザの若頭なんだけど」
「好きな人の……髪型変わったら誰だってドキドキするだろ、ってことだよ」
「……ふぅーん?」
凜はニマニマと笑って、頬を擦り寄せてきた。
「好きな人って言った? ユウちゃんの好きな人ってだぁれ?」
「わ、わかるだろ、言わなくても!」
「おればかだからわかんなーい。ね、言って?」
子どものような笑顔でねだられてしまっては、答えないわけにはいかなかった。
「り、凜……」
「ん、よくできましたっ」
褒美のようにキスをひとつ。忘れ去られた麦茶は、存在を主張するようにカランと夏の音を立てた。
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