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第二部 第二十四話 我慢させるのはあなただけ

「ゼリーできましたよー」  悠がそう声をかけると、組員がわあっと喜んで集まりだす。今日のおやつはみかんを入れたゼリーだ。 「いやあ最高っすね! ゼリーなんてガキの時以来だわ」 「そうなんですか?」 「このナリでプリンとかゼリー買えないじゃないっすか。あーっうめえ!」  若衆はおいしそうにゼリーを食べてくれている。悠はほっと胸を撫で下ろした。  ちらりと時計を見ると、もうそろそろ凛が取り立てから帰ってきてもいい時間だった。 「凛、まだかなあ……」 「悠さん、本当にカシラ大好きっすね」 「へあっ!? あ、えっと……」  指摘されて顔が赤くなる。いくら事務所の人間に関係がバレているとはいえ、恥ずかしい。 「たーだーいーまーっ!」  勢いよく事務所の扉が開いて凛が満面の笑みで入ってくる。顔にも服にも、べったりと返り血がついている。 「凛っ!?」  悠は急いで凛に駆け寄った。 「ユウちゃんただいまぁ」 「血まみれじゃんか! 怪我したのか!?」 「んーん、全部返り血だよ? ね、聞いて。一件だけで二億取り立てちゃった」  偉いでしょ? と凛が子どものように戦績を自慢する。けれど悠はそれより彼が怪我をしていないかどうかが気になっていた。 「本当に怪我してないか? 喧嘩したんだろ?」 「だーいじょうぶだって。不安なら確かめる?」  凛はシャツのボタンを開けて、肌を晒す。綺麗に割れた腹筋があらわになった。 「ほら、触って? どっこも怪我してないから」  悠はぺたりと彼の腹筋に触れた。胸も、背中も、腕も。どこを確かめても怪我は見当たらない。 「よかった……」  ほっとひと安心すると、凛がにまにまと笑いながら悠を抱き締めた。 「昼間からこんなに触ってくれるなんて、嬉しい。ユウちゃん大胆だね」 「……え、あっ!?」  周囲を見ると若衆たちが気まずそうに顔をそらしている。違う、そういう触れ合いではなく、あくまでも怪我の確認のためだったのに。 「ほら、ユウちゃんの好きな腹筋もっと触っていーよ?」  凛がまた腹筋に触れさせる。いつも格好いいと思っているそれに触れて、悠は頭が沸騰しそうだった。 「っ……り、凛っ! おやつ! おやつあるぞ! みかんゼリー!」 「えっ、マジで?」 「手洗って、着替えてくれ! 今用意するから!」 「あはっ、やったぁ。はーい」  凛から解放されて、冷蔵庫から三人前のゼリーを取り出す。凛はいつも大盛りにしないと他の組員から奪おうとしてしまうのだ。アイスティーも用意して、おやつの準備は万端だ。 「キレーになりましたー。うわ、すごっ! みかん入ってるー!」 「はい、どーぞ」  凛にスプーンを差し出すと、彼はぱくっと大きなひと口でゼリーを食べた。 「んんーっ! っまい!」 「よかった……」 「これマジでうまい! おれ好きっ!」  凛はあっという間にゼリーを食べ終わり、悠の膝の上にごろんと横になった。 「はー超満足。ね、ユウちゃん、食後の甘やかしちょーだい?」 「……今は事務所だから、駄目だ」 「ええー? どーしても?」 「また銀さんに怒られちゃうぞ。今は我慢な」 「ちぇー……」 「我慢できる凛は偉いな。家帰ったらなんでもするから」 「……なんでもって、なんでも?」  そんな会話を端から見ていた若衆のひとりが、ぽつりと呟く。 「カシラに我慢させられるのって、悠さんか組長だけだよな……」 「じゃあ我慢するから、頭撫でて?」 「ん、わかった」  周りにいる組員がこくこくと頷く。事務所で最弱のはずの男は、最強の男の頭を優しく撫でていた。

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