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第二章 第二十五話 面白くない料理
「はい、凛」
出来上がったオムライスを凛の前に置く。ウインナーと鶏肉を使った豪華チキンライスは、作っている間ずっと心のつかえがとれなかった。
「わぁい、うまそっ! いただきますっ」
凛は勢いよく両手を合わせて、スプーンでオムライスを掬ってばくりと口に含んだ。
「ん! んまっ! 味濃くて最高っ!」
凛の綻んだ笑顔を見た瞬間──ずっと張り詰めていた糸が、ぷつん、と切れた。
「…………」
そうだ、悠はただ、作ったものをおいしいと言って欲しいだけなのに。どうして、それができないんだろう。
「っ……ふ、うっ…………」
「ユウちゃん?」
「うっ…………う、うう~っ!」
もう堪えきれなかった。涙がぼろぼろと零れて床に落ちていく。
「ユウちゃん、どうしたの!?」
凛は驚きながら悠を抱き締めて、ぽんぽんと背中を叩いてくれる。
「が、がっこう、で……」
「学校?」
「うまく、いかなくてっ……味が平凡すぎるとか、面白味がないとかっ……友達には、つまらないって言われて、どうしたらいいのかわかんなくなって……!」
「は? そんなこと言ってくるやついんの? 殺していい?」
ふるふると首を横に振る。そんなことをしたいわけじゃない。
「ほ、ほんとの、ことだからっ……」
悠が通っているのはフレンチコース。高級で非日常を料理で演出することを正解としている。
けれどそれは、悠には慣れないものだった。繊細で緻密さを求められるそれは、料理というより科学実験のようだと思った。
毎日のように面白味に欠けると言われ、心に鉛が積もっていくようだった。けれど今日、友人に『つまらない』と言われて、もう限界だった。
悠には料理しかないのに、それすら駄目だと言われてしまったらもうなにも残らない。
「ごめっ……急に泣いて……すぐ止めるからっ……!」
「……ユウちゃん、辛いなら学校やめちゃえば?」
「っ……それは、考えてるけど、でも、逃げたらだめなのかなって、思って……」
ただでさえ悠は中学時代に挫折を経験している。これ以上逃げることが正解か、わからなくなっていた。
「ユウちゃん」
凛はこつん、と額をくっつけて、優しく語りかけた。
「ユウちゃんのメシはうまくて世界一だよ。毎日食ってる俺が保証する」
「うん、うんっ……」
「親父も、組のやつらも──みんな、ユウちゃんとユウちゃんのメシ大好きだよ。ファンなんだから」
「うんっ……」
「毎日うまいもん作って、おれのこと喜ばせてくれるじゃん。ユウちゃんすげーんだから、自信持って」
「っ……凛っ……!」
がばりと彼に抱きつく。彼は強く強く悠を抱き締めて、しっかりと包み込んでくれた。
「学校のやつら殺したくなったらいつでも言ってね? すぐ山に埋めてあげるから」
「そんなの、いいからっ……傍にいて、欲しいっ……」
はらはらと涙を零しながら凛に縋りつく。
悠にだけ優しい男は、泣き続ける悠の頬をそっと撫でた。
「ほんと? じゃあ、いっぱいぎゅーってするね」
その言葉の通りあたたかな体温に包まれて、悠は彼の胸に顔を押し当てた。
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