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「梓さま。レオン様にとっての『切り札』になるのは自分だ、とは、どういった意味でしょうか」
ぽつんと沈黙の落ちた寝台に、ユーリーの冷静な声音が投げ入れられる。
彼は通話を終えたばかりと思しき自身の携帯電話を見つめており、遅れて、梓へと目線を当てた。その頭の中では、おそらく通話先との会話が反芻されているのだろう。
梓はいつもどおりの答え方をする。
「ん? んーと、言葉のまんまの意味だよ」
「失礼ながら……、この局面において、レオン様が梓さまの力を必要されるとは思えません」
わずかに眉間を寄せて、ユーリーが反論した。確かに、日本人である自分たちは、こういった荒事の前では戦力外どころか足手纏いそのものだろう。
梓は長い脚であぐらを掻き、それによって体ごとユーリーに向き直ってみせながら、気負わずに続ける。
「いまクーデター起こしてんの、幹部が投獄されてる犯罪組織の残党じゃん」
「クーデターではありません」
「残党の目的は、たぶん幹部を取り戻すことじゃん?」
スーフィル王国南部の田舎町で、観光客相手に違法カジノで荒稼ぎをする一派がいたのだと言う。
犯罪組織? 残党? と目を白黒させる祐市のようすを見かねてか、ユーリーは手短に事情を説明してくれる。
「彼らはもともと、自警団を気取って集まる不良たちだったと言われています。荒っぽい一団ではあるものの、地元愛は強く、住民たちから一定の距離を置かれつつもある種の信頼は得ていた。よそ者が悪さをしようものなら、彼らが徹底的に叩き出してくれていたんですね。ところがいつの頃からか、彼らは自分たちで建てた町外れの屋敷へと、人を呼び寄せるようになった」
始めは、彼らと似たようなチンピラたち。それから徐々に、訪れる客人たちの身なりが良くなってゆく。「あれはなんの屋敷なんだ」と地元の住民たちがおそるおそる噂する間に、屋敷は、夜な夜な着飾った外国人たちが集う、治外法権の盛り場となったのだ。
「それはさすがに目に余ると、軍の捜査が入り、組織は解体されました。田舎町の不良グループから、……そうですね、日本円にすれば億単位といった巨額のやり取りをする犯罪組織にまで至ったのは、幹部に恐ろしく頭の切れる者がいたためです。国は、彼らの頭脳であるその一人のみを重罪人として捕らえました」
「一人だけ? ですか?」
祐市が問えば、ユーリーは補足を入れてくれる。
「もちろん、違法にカジノを開いていた分の罪は問われています。ですが、彼らは荒稼ぎこそしていたものの、人を殺すだの売るだの、薬物に手を出すだのといった極めて非人道的な行いにまでは手を染めていません。……元は自警団だったわけですから、彼らなりのボーダーラインや矜持があったのでしょうね」
「そいつらの稼ぎ場も、観光客を呼び寄せるルートも、ぜんっぶ潰したから、二度と同じ商売は出来ないってレオンも言ってた。唯一そいつらが復活する可能性があるとしたら、牢の中の幹部が戻った時だって」
切れ者の幹部に次いで刑期の長かったリーダーの釈放は、およそ半年ほど前。だが「頭」を取り戻しただけでは、組織は満足に機能することはないのだ。
地元の住民たちからもはっきりと白い目を向けられるようになった彼らには、もはや居場所もない。
そんな中で取れる選択肢と言えば、大きく二つ。
「国外へと逃亡するか、組織の再起を図って、幹部を取り戻すか、です」
そして彼らは――組織のリーダーは、後者の道を選んだ、というわけだった。
「彼らの組織が国を騒がせていた頃、レオン様は留学中でした。国外でのほほんと学生生活を送っていた王子様が、なんにも知らずに戻って来たのだから、さぞ容易く抜ける穴に見えたのでしょうね。彼らはレオン様に狙いを定めた上で、王宮の見取り図を入手しました。そして今夜の侵入計画を実行しています。レオン様を直接脅すか、または彼の身近な人物を人質に取って脅すか――切れ者の脳 がいなければ、不良どもの考えることなどその程度でしかありません」
身近な人物、と、祐市は口の中に呟いてみる。
この状況でいちばん危惧されるのは、梓が攫われることだろう。
だからこそ、レオン王子が梓にメイド服を着せていた理由が見えた気がする……と確かな納得を覚えたのは、ただの自分の思い過ごしだろうか。
残党達による幹部奪還作戦。その成功を考えるなら、夜陰に乗じることは外せない条件だろう。……仮に、昼間の宮殿であれほど大っぴらに寵愛されている「黒髪の美少女」こそがレオン王子の弱みだ、と狙いを定めてみたところで――ひとたび踏み入った深夜の宮殿では、「彼女」はどこにも存在していない、ということになるのだ。
昼間 の幻に等しい「彼女」を人質にすることは、実質不可能なわけだった。
「彼らに掴ませた地図は偽物ですから、レオン様の『寝室』とされた離宮へとまんまと誘い込まれているはずです。――そこで待ち受けているのが、王立軍の面々だとは知らずに」
ユーリーは冷静な口調で、そう結論づけた。……王宮側の勝利は確定している、ということなのだろう。
そして王宮への侵入は、もちろん重罪だ。加えて、もしも彼らが「交渉」のため、明確な敵意とともに王族へ刃を向けているとすれば。
良くて国外追放。
最も重い罪に問われてしまうと、反逆者として処刑、ということすらあり得るかもしれない。
梓の口にする「クーデター」は、あながち間違いとも言えないのではないか……と思えてきて、祐市は唇を引き結んだ。
「梓さま」
ふと声音を改めて、ユーリーが彼を呼ぶ。
それと同時に、コンコン、と小さく戸を叩く音が立った。ユーリーの呼び寄せた兵士が到着したのだろう。
彼は戸口の方へ背を返し、扉に手を掛けながら、再び梓を振り返る。静かな声を発した。
「レオン殿下よりの言付けです。――「君に預けた物を、返してほしい」と」
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