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#2
あいつまじで許さねぇ。今日仕事って言ったのに2回も突っ込みやがって。
俺も俺だよ、なんで泊まってもらえばよかったとか言っちゃってんの。
夏芽に会うといつも帰り際さみしくなる自分が嫌んなる。
強がっても結局電話しちゃって泊まってもらったり、寝落ち通話してもらったり。
――いや俺完全に女側になっちゃってんじゃん。
じゃんけんで勝ってもあいつ受け入れちゃってんじゃん。
なんて本当はとっくに自分がどちら側か分かってんだけど、それを素直に受け入れるのが嫌だ。
全然できてないけどちょっとくらい抵抗したい。
あいつの強引で意地悪なとこ大好きだけど、それを言うと絶対調子乗るから言わない。
それを悟られるのが嫌で強がるけど、それもバレてんだろうなぁ。
なんでこんな腰重い日に限って白菜が納品なんだよ、ちくしょう。
あーあー、もう重てぇし腰いてぇし嫌んなっちゃうな。
白菜もあいつとのセックスも嫌いだ。
今度から白菜を見る度にあいつのこと思い出すじゃん。
冬とか最悪。まじ鍋とか地獄、店で鍋特集組めなくなりそ。
「店長さん、こんにちはー。」
「はーい、こんにち…」
挨拶を返しかけて夏芽に気が付く。
「何しに来たんだよ、冷やかしか?帰れよ」
「お客様に向かって随分な言い草だな。
飯買いに来たんだよ。スーパースドウに売り上げ貢献してんだけどー?」
やーな言い方。
でも何気なく白菜のダンボール2箱も持ってくれたりしてこういうとこが、もう。
ほんと、嫌い。
作業服なのもかっこいいなって思って見ちゃう自分も嫌い。
たまに優しくしてくるのも嫌い、いっつも意地悪ばっかなのに。
***
「白菜そこでいいよ、明日出すやつだし。」
「へいへい、お前休憩は?昼お前んとこで食っていい?」
「あー、うん。いいよ。飯買ったら店長室来なよ。一緒に食お。」
適当に返事をしてバックヤードから出ていく。
日ごろから店内とバックヤードと出入りしているせいで、従業員は夏芽の存在に誰も異を唱えない。
店長室兼応接室の自分の椅子に座りながら夏芽を待っているとカップラーメンとパンを片手に持って、さらにもう1つパンを口に咥えて入ってくる。
応接セットのテーブルにラーメンとパンを置くと、ソファーを叩いて俺を呼ぶ。
「なんだよ、俺が隣に行かないと飯食えないの?」
「はっ、お前がさみしいと思って呼んでんだよ。いいからこっち来いって。」
互いに憎まれ口を叩きながら結局横に座る。
どれだけスペースがあっても近くにいるのは、お互いにすぐ触れる距離にいたいから。
夏芽は食べる量も多いし、食べるのも早い。
なのに活動量が多いのと力仕事が多いからか全然太ったりしない。
「夏希早く飯食って。ちょっと上おいで」
「――…おいでって、なんか言い方ずるくね…」
おいでなんて普段言わないくせに、そんなん言われたらちょっとうれしくなっちゃうじゃん。
急いで食べ終わって夏芽の上に乗るとぎゅっと抱きしめられて、抱きしめ返すとそのまま持ち上げてソファーへ押し倒される。
「急になんだよ…」
「運ぶの手伝ってやったじゃん。ご褒美ねぇの?」
「ご褒美ってなに。ガキかよ。てかどーけーよー!」
押しのけようとする手を掴まれる。
―――やばい、顔赤くなる。
「…っ…ばか、やめろって。仕事ちゅ…」
押し倒されてキスされてるなんて、誰かに見られたら店長としての威厳が…。
音とか声とかもれないようにこっちは必死こいてんのに、こいつはお構い無しにキスしてくる。
普段手とか繋いでこないくせに、こういうときばっかしてくるのに腹が立つのに嬉しい、とか。
「はは、顔真っ赤。いつまで照れてんだよ。
仕事もーどろ。じゃーなー。」
そう言って普通に店長室から出ていった。
仕事中に会っちゃったらまた寂しいとか思っちゃうじゃん。
昨日みたいに電話とかできないのに。
なんで俺があいつのことばっか考えないといけないんだよ。
いやいや、寂しいとかないって。仕事してれば忘れるし。…多分。
とりあえず当面の俺の目標は夏芽に会いたいとか、寂しいって言わせること。
それまで俺から会うの誘ったりしない。
飯も一人で食う、寝落ちもしない。
よし、働こ。仕事に精を出そう。
勢いよくバックヤードから出て、いらっしゃいませー!と大きな声で言った先から声をかけられる。
「店長さん、アスパラどこかしら。」
「こちらですよー!ご案内しますねー!」
にこにこ笑顔でいつでも明るい店長、須藤です。
「店長、来月のシフトなんですけど…」
「テスト期間ね、休んでいいよー!」
可愛い高校生バイトちゃんにも優しくシフト対応しますよー。
それ以外にも店長、店長、って呼ばれ続けて気付けば時刻は18時。
あー、定時だし帰りてぇなぁ。
まぁ自分の(親の)店だし、定時なんてあってないようなもんだけど。
会いたくない、寂しくないって呪文みたいに頭ん中で繰り返してるけど、忙しいと忙しいだけ会いたくなる。
夏芽が着てるのと同じ紺色の作業服ばかり目に入る。
その度に夏芽かと期待しては落胆して、そんな自分にうんざりする。
「店長さんちょっといいですか?」
「はい、いかがなさ…」
昼間と同じ手法にひっかかって俺ださすぎ。
それでも会いたいと思ってた夏芽が目の前にいることが嬉しくて、涙が出そう。
「いつ仕事終わんの?昨日行けなかったし飯食いいこ。」
なんだかんだ会いに来るってことは夏芽も寂しかったてことだよな?
抱きつきたい気持ちを抑えて普通に会話したいのに、どうしても顔がにやける。
「19時には閉店だから19時半には終わる!
中入って待ってて!」
自分でも驚くくらい弾んだ声が出る。
どんだけ会いたかったんだよ。
夏芽が来てからの1時間半は過ぎるのが早くて、自分ってほんと単純だと思う。
どんだけ悪態ついても、嫌いって言ってみても、結局はめちゃくちゃ好きで一緒にいたい。
バイト達を早々に帰して店長室へ向かう。
「なーつーめー」
ゆっくりと店長室のドアを開いて中を窺うと、ソファーで寝てる夏芽が見えた。
一瞬なんで寝てんだよ、って思ったけど夏芽だって普通に働いてきたんだもんな。
近くに座って寝顔を見てるとぎゅーって胸が締め付けられて、なんか泣きそうになる。
「…やべ寝てた。あれ、仕事おわった?
なんで泣きそうな顔してんの。客に嫌なことでも言われたか?」
頭をぽんぽんと叩きながら優しい顔で言うから余計泣きそうになる。
好きって気持ちが溢れて止まらない。
「んーん、大丈夫。帰る準備するわ」
立ち上がってエプロンを外そうと手を後ろに回すと、そのまま手を掴まれる。
「…お前バカ、こんなとこで発情すんな!
や、待てって、じゃんけんもしてないのに…っ!」
首に噛み付いてくるかと思ったら微妙な力加減で吸ってきて、気持ちよくなりかけて我に返る。
「だめだめだめ!ここ職場!」
後ろに掴んだ手を離したあと夏芽は俺の顔を見て言う。
「……夏希、じゃーんけん」
「えっ?あ、ぽん!………。」
後出しなのに負け。
ちゃんと夏芽がパーなのをみた上でグー。
絶対勝てたはずなのに。
店の鍵も裏口の鍵もかけてる。
けどこんなとこでヤッたら仕事中に絶対思い出すのに全然止められない。
「なんでお前普段あんなゆるっゆるな格好なのに、仕事中はネクタイにスラックスなんだよ。」
「は?仕事だからだよ、仕方ないだろ。
ちょっ、ほんと、やめ…んんっ」
シャツの下から手を入れて胸を触られるせいで声が出る。
なんでたかが胸でこんなんになっちゃうんだよ。
「なぁそれ俺が触ってるから勃ってんの?」
「…は、はぁ?そりゃそうだろ他に何があんの。」
こんなとこでって思ってたのに、急に止められるとモヤッとする。
夏芽の顔を見ると怒ったように眉間に皺を寄せていて、絶対何もしてないのに何かしたかと不安になる。
「なんでそんな顔してんの。」
「…言いたくねぇ。」
「え、俺なんかした?」
してねぇ、って言うくせに全然こっちを見てくれない。
なんだよ急に。身に覚えなんてないのにこわいじゃん。
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