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邂逅2

「若様、花を摘んできてくださったのですね」  博嗣に出会ったあと、霞若はぼんやりと手に花を持ち山荘へと戻った。その姿を頼子が見つけた。 「あ、うん。こんな花でもいいかな」 「ええ、十分ですわ。若様の心がこもっているのですもの。若様はお優しい。元服してもそのままでいてくださいね」  元服……。  頼子が何気なく言った元服という言葉に寂しくなった。  元服してしまえば、今のように山を駆け回ることもできない。それどころか、きっとどこかの姫君との結婚を決められてしまうだろう。  霞若は15歳だ。元服するには少し遅い。幼い頃、気管支の患いがあり、この山で養生していた。  しかし、それも最近では良くなり、気にならなくなってきた。  そして、さすがに貴族の息子が15歳にもなって元服していないのはおかしい。だから今年、この桜が終わってから山を降り、元服をする予定だ。都では霞若と同じ歳ですでに元服を済ませ宮中に参じている人間がたくさんいるのだから。  父は元服を待ってくれたのだ。患いがほとんどみえなくなってからも、山にいることを許してくれたのだ。  とはいえ15歳にもなって貴族の子供が元服もせずに山を駆け回っているわけにもいかない。いくら霞若が大人になりたくないといっても。だから、今年の桜が終わったら山を降り元服することになったのだ。 「元服しても頼子は傍にいてくれる?」 「もちろんでございますとも。若様がいくつになっても、この頼子は若様に仕えさせていただきますよ」 「そうか。ありがとう」  あの山であった青年の母君が亡くなったと聞いたからだろうか。周りの人がいなくなったらと思い、寂しくなってしまったのだ。でも、頼子は元服をしても傍にいてくれると言った。   「どうかなさいましたか、若様」 「え?……ああ、なんでもないよ。いつまでも今のままではいられないと思ったから」 「そうなのでございますね。でも、若様が元服をなさってもなにも変わりはございません。若様は若様のままで、頼子はいつまでも若様のお側近くにいさせて頂きます」 「そうか。頼子がいてくれるのなら良かった」  霞若にはまだ母はいる。父だって健在だ。でも、この山荘にいると、都の父や母とは会うこともなく、頼子ら女房しかいないのだ。いや、都に戻ったとしても頼子ら女房の方が身近かもしれない。だから、頼子がいなくなってしまったら……と考えてしまったのだ。 「明日も花を摘みに行ってくるよ」 「そんなに毎日でなくてもいいのですよ」 「でも、春はたくさんの花が咲いている。そんな花で山荘を飾るのもいいんじゃないかな」 「若様はお優しくて、風流でいらっしゃる」  風流? そうだろうか。花を飾るのがいいと思う言葉に嘘はない。けれど頼子の言う通り毎日摘みにいかなくてもいいだろう。でも、あの人に会いたいのだ。あの銀色の髪の人に。   「でしたら若様。明日も愛らしいお花をお待ちしておりますね」 「うん。待っていて。また違う花を摘んでくるよ」  そう頼子に言って、明日も山へ行くことを暗に告げる。明日もあの人に会えるだろうか。確証はなにもないけれど、なんとなくあの場所へ行けばまた会えるような気がするのだ。  きっと明日もまた会える。そう思うのに、それまでの時間がじれったくて、そして待ち遠しくて、その晩は布団の中に入ってもなかなか寝付けなかった。  寝ないとだめだ。寝不足で山へ行ったりなんかしたら怪我をしてしまいかねない。だから寝ないとだめだ。そう思って目をぎゅっと瞑った。そうしてどれくらいたっただろうか。気がついたら夢の中に旅立っていた。

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