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邂逅3

 翌日、会えるだろうかとドキドキしながら昨日出会った岩のところを目指すと、昨日と同じように龍笛の音色が聞こえて来た。  足元の草を踏む音が聞こえたのだろう、博嗣がこちらを見た。 「来たか」 「はい。その音が忘れられなくて」 「そうか。私が母の音を忘れられないのと同じか」  博嗣はそう言って寂しそうに小さく笑う。その笑顔があまりにも切なくて足元の野花に目を移した。そしてその小さな薄紫の花を摘む。それがとても儚く思えた。きっと博嗣の母上もそんな存在だったのだろうか。 「お母上の音色を、忘れたくなかったのですか?」  そう問うと博嗣は一瞬、視線を空に向けた。そして、ゆるやかに微笑む。 「忘れようとしても忘れられなかったのだよ。あの音は胸の内に残っていて、風が吹く度に思い出す。だから、こうして吹かずにはいられない」  その声は静かで、どこまでも優しく切なかった。だから思わずほんの一歩だけ彼に近づいた。博嗣はそれを見ていたがなにも言わなかった。ただ、そっと笛を膝に置いて見つめてきた。その目には怒りも驚きもない、ただ深く澄んだものだった。 「あなたは鬼だというけれど、人よりずっと人らしいのですね」 「そう言ったのはお前が初めてだよ、霞若」 「私、どうしてかあなたといると心が静かになるのです。怖くはありません。それよりももっと……」 「もっと?」 「もっとここにいたくなる。ずっとこうして、傍にいたくなります……」  言葉にしてしまえばなぜか胸が締め付けられる。そしてその言葉を聞いた博嗣はそっと目を伏せそして小さく頷いた。 「ならば、そうしていればよい。お前がくるのなら、風の許す限り私はここで笛を吹こう」  その言葉に霞若ははっと目を見開いた。胸の奥がなにか熱いなにかで満たされていく。 「約束、していただけますか?」 「ああ、約束しよう」  風に葉がさざめき、小鳥が遠くで鳴いている。2人の間にはそれ以外の音がなかった。そして、その静寂を破ったのは霞若だった。 「その笛は、難しいのですか?」 「吹いてみるか?」  そっと龍笛を渡してくれる。そして博嗣がしていたように下唇を近づける。 「穴を第2関節あたりで抑えてみろ」  第2関節で……。  言われた通りにするが、不器用な霞若には笛を落としそうになる。それで霞若は吹こうとすることを諦めた。 「持つこと自体が私には難しいようです」  そう言って龍笛を博嗣に返す。博嗣は小さく笑い、こちらへ手を伸ばしてくる。そのとき、ふと触れた博嗣の指先に胸が波立ち、胸が痛くなる。  なんでだろう。なぜ胸が痛くなるんだろう。その理由がわからない。でも、博嗣といたいと、ただそれだけを思う。 「博嗣さまが、吹いてください」  そうお願いすると博嗣はなんなく、柔らかい音色を奏で始めた。その音は柔らかくて優しくて、どこか悲しげで儚げで、博嗣が消えてしまうんではないかと馬鹿なことを考えて、目を離すことができない。 「その笛も私に吹かれるよりも、博嗣さまに吹いて貰うほうが嬉しいでしょうね」  そう自傷して言うと博嗣は小さく笑う。 「誰が吹いても笛は変わらないよ。お前も慣れれば吹けるようになる」 「そうでしょうか。でも、吹けるようになる前に笛を落としてだめにしてしまいそうです」  不器用だから。  その言葉に博嗣は微笑む。そして、また優しくて儚い音色を奏でた。

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