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邂逅4
それからは毎日同じような時間に岩のところへ通った。
それに対して頼子は何も言わない。最近は発作を起こしたことはないし、都に帰るのも決まっている。だから自由にさせてくれているのだろう。自由でいられるのもあと僅かだから。
そして霞若の方も、あまり頼子に心配をかけないように、暗くなる前には帰っている。
「若様は最近、とても良いお顔をしていらっしゃいますね」
「え?」
夕餉のあとに頼子が言った。
良い顔とはなんのことだろう。わからなくて首を傾げる。それに対して頼子は小さく笑う。
「最近、とても楽しそうな、そして柔らかいお顔をしていらっしゃいます」
楽しそう……。その言葉を繰り返す。その言葉には覚えがある。
毎日、岩で博嗣に会えることが楽しみなのだ。それが顔に表れているのかもしれない。柔らかい顔というのは、博嗣の奏でるあの音色を聞いているからだろうか。
「都に帰れば、もうこうやって過ごすことは出来なくなります。それまで楽しんで過ごされてください。頼子は、今の若様のお顔は好きでございますよ」
「ありがとう、頼子」
「いいえ」
やはり都に帰るのが決まっているから自由にさせてくれているのだ。そうであれば、心配させないように、でも楽しもう。
「ねえ、頼子。龍笛って難しそうだね」
「龍笛でございますか? どこかで龍笛をお聞きになったのでございますか? 最近、この辺に来ている貴族はいないはずでございますが」
博嗣が吹いているあの音は、山荘までは届いていないらしい。
そう思うと、頼子の言葉にひやりとする。
そうだ。それに最近は、山で貴族には会っていない。それなのに龍笛の話題なんておかしい。
「あ、ううん。龍笛に限らず雅楽の楽器ってどれも難しそうだなってふと思っただけだよ」
「そうでございますか。確かにそうでございますわね。若様は雅楽に関心をお持ちなのですね」
「ちょっとだけね」
「さすがは右大臣、四条の若様でいらっしゃいますね」
良かった。うまくごまかせたようだ。雅楽になんて興味もないけれど、そうでも言わなければごまかせなかった。まさか鬼が龍笛を吹いていて、その音色がいい、などとは言えない。
鬼……。鬼と会っているなんて頼子が知ったらどうなるんだろう。でも、その鬼は誰よりも優しい目をしている。なんてことを言ったら大変だろう。
都では何年かに1度、鬼が出たとざわつくことがある。誰かが鬼に喰われたと話題になるのだ。
「ねえ、頼子。頼子は鬼に会ったことはある?」
「急になんでございますか。雅楽のお話をなさっておりましたのに」
「ごめん」
「いいえ、良いのですよ。鬼、でございますか。会ったことなどございませんよ。会っていたら、今ごろ生きておりません」
鬼に喰われているという意味だろう。鬼はみんな人を喰らうと思っているのだろう。そんなことないのにと思う。博嗣が誠に鬼だと言うのならば、人を喰らわない鬼もいるということだ。
「鬼ってどんな姿なんだろう」
「頼子も会ったことはございませんが、真っ赤な顔をして頭には角が生えていて、とても怖い顔をしていると聞いたことがございます」
「赤い顔をして、角……」
「若様。もし山で鬼を見かけたら、すぐに逃げてくださいませね。そして、都へ戻りましょう。山より都の方が安全ですものね」
まさか、鬼と名乗る人と毎日会っているなどと言えない。そんなことが知れてしまえば、元服を前に都へ戻らなくてはいけなくなる。山をおりるその日まで誰にも知られるわけにはいかない。
明日も博嗣さまに会いたい……。
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