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邂逅5

 その日、霞若は自作の笛を持って山へ出かけた。手先は器用ではなくて、必死に削った細い竹の笛だった。 「笛を作ったのか」 「はい。不器用でうまくはできませんでしたが」 「貸してみろ」  博嗣がそっと笛を受けとり、しばらく笛を眺めたあと、そっと唇を近づけ笛を吹いた。 「……いい音だ」  音は浅く、震えていた。それでも博嗣はいい音だと言ってくれるのか。 「この笛を貰ってもいいか?」 「はい。こんな笛でよろしければ」 「大切にする」  所詮子供の、しかも不器用な子供が作った竹笛だ。音だって良くはない。それなのに大切にすると言ってくれるのか。それが嬉しくて胸が温かくなった。 「いつ山をおりる?」 「桜が終わる頃に」 「そうか……」 「それまで……それまで、会っていただけますか?」  博嗣とは、知り合ってからまだ数日だが毎日会えている。博嗣が同じ岩の上にいるからだ。  これからもここにいてくれるだろうか? 同じところにいてくれるのであれば、会うことはできる。  博嗣といると胸の奥が温かくなり、でも苦しくもなるのだ。そして、会いたくて会いたくてたまらないのだ。  この気持ちをなんというのかは知らない。ただ、他の人には感じたことのない気持ちを博嗣には感じるのだ。 「お前がここに来るのなら。私はここにいるだろう」  ここに来れば会えると、そう言ってくれるのか。それが、とても嬉しい。 「博嗣さま……」 「……お前にそう呼ばれるのは、胸がくすぐったくなるな。霞若」  そう言って小さく笑う博嗣に、それこそ胸がくすぐったくなる。  名前を優しく呼んでくれることで胸が震える。  こんな感情は知らない。名前なんて父にも母にも呼ばれているのに博嗣に呼ばれるのだけが特別なのだ。 「ずっと山にいたい」 「そんなことを言うものではない」 「でも、都へ帰れば博嗣さまに会えなくなってしまいます」 「お前は人として大人になっていくんだ」 「あなたに会えなくなるのなら、大人になんかなりたくない」 「そう言うでない。お前は山の者ではない。都の人間だ」  博嗣に線を引かれるのが悲しかった。都の人間と言われるのがこんなに辛いと思ったことはない。  右大臣、四条道隆を父に持つのだ。都にいる人間なのはわかっている。山には咳と喘鳴の為にいたのだ。それについて今までどうと思ったことはない。だけど、今は博嗣と同じ山の者でありたかった。   「山をおりてしまったら、あなたのことをいつか忘れてしまうのでしょうか」 「忘れてしまってもよい。ただ……この風の音と笛の音だけ覚えていてくれたらそれでいい」 「いやだ。博嗣さま。あなたの事を忘れたくなんてない」  博嗣のことを忘れるというのは、この胸の温もりも、切なさも、痛みも全て忘れてしまうということだ。 「お前が私のことを忘れてしまっても、私はお前のことを覚えているよ、霞若」    その言葉が嬉しくて、でも自分が忘れてしまうかもしれないことが嫌で、気がついたら頬に一筋の涙が伝っていた。 「泣くでない。山にいるときであれば会えるであろう。山をおりてしまっても、お前が望むなら夢で会うこともできるだろう」 「夢で、会ってくださるのですか? 夢でもこうやって会っていただけるのですね」 「お前が私を忘れなければ、な」  夢で会ってくれるというのか。現で会えなくなっても、夢の中でなら会えると、そう言ってくれるのか。その言葉が嬉しくて、泣きながら笑った。

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