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邂逅6

「帝。雨でございますよ。お出かけになられるのですか」  屋敷を出ようとしたところで聞こえた声に振り向くと臣下の高光がいた。 「高光か。ああ、少し出てくる」 「最近、毎日お出かけになられますね」 「ちょっとな」 「足元がぬかるんでおります。お気をつけて」 「ああ」 「そして、人間の子供にあまりうつつを抜かさぬよう。所詮は相容れない相手でございます」  高光にはお見通しであったか、そう思って苦笑いを浮かべる。きっと、毎日出かける自分を不審に思って水晶でも覗いたのだろう。 「わかっているよ」 「……」 「行ってくる」  高光は水晶で見たいと思う物事を見ることができる。例えそれがどれだけ離れていても。だから、博嗣の行動を見ようと思えば簡単なことだ。  背中に高光の視線を感じながら屋敷を出た。雨が降っているから、本当は出かけるのはやめようと思ったのだ。それでも、もしかしたら霞若が来るかもしれない。そう思ったら行かないわけにはいかなかった。  自分を待って、体が冷えて風邪を引いてしまったらいけない。そう思ったのだ。  雨でぬかるんだ道を転ばないように、踏みしめて歩く。霞若は転んでしまわないだろうか。そんなことを心配する。  少し歩くと、いつも霞若と会う岩が見える。まだ霞若はいないようだ。いや、もしかしたら雨だから来ないかもしれない。それならそれでいい。少し笛でも吹いてから帰ればいいだけのことだ。  いつも座っているところでは雨に濡れてしまうので、近くの岩陰に座り笛を吹く。母を思って。霞若を思って。  霞若を思う自分の感情をなんというのか。それはもう知っている。亡き父のように人間である者を想ってしまうなど、高光が言うまでもなく空しいだけだとわかっている。それでも会いたいと思うのだ。  霞若はもうすぐ山をおりる。そうしたら、もう今までのように会うことはできない。だから、今だけ。今だけは会いたい。  出会ったときは、人間の子供だと思って距離を保とうとした。けれど、恐れずに近づいてくる霞若に、戸惑いながらも惹かれていったのだ。  霞若は自分を”人ならぬ者”として扱わず、”博嗣”としてみてくれる。そこには鬼の帝などではない。ただの博嗣でいられるのだ。それで惹かれないわけがない。  ふと足元を見ると雪割草の紫が目に入った。霞若が綺麗だと言った花だ。女房に持っていくのだ、と言って摘んでいた。雪割草という名前を教えたのは自分だ。  野に咲く花を見るだけで霞若を思い出す。霞若が山をおりたら寂しくなる。夢でもいいから会いたいと望むのは霞若ではなく自分だ。  そんなことを思いながら笛を吹く。母を思って吹いていた笛が、今は霞若を思って吹くようになった。そのことは霞若は知らなくていい。自分だけが知っていればいいのだ。 「博嗣さま……」  か細い声がどこからなくとも聞こえ、声の方に視線をやれば、そこには霞若がいた。 「来たか」 「はい」 「雨でぬかるんでいただろう」 「はい。でも、博嗣さまがいらっしゃるかもしれないと思ったら来ずにはいられなかったのです」 「濡れている」  隣に並んだ霞若に、外套の裾を霞若の肩に掛けてやる。風が入ってはきたが、不思議と寒いとは思わなかった。 「……雨の音も、母は好きだった」 「私も、今は好きです」

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