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元服5
博嗣は目が覚めると、右のこめかみに手をあて、ゆるりと上体を起こした。
しばらくダルそうにはしていたが、顔を洗おうと立ち上がる。
ここ最近の都の貴族少数が始めた鬼狩りで少し疲れていた。だが、それも父や母をはじめ、多くの鬼の命を失った昔と違い、それほど多くの命を落とすことなく終わったので、これで少し休めるだろう。
それに昨夜も真夏と夢通うことができて、誰にも秘密だが、少し癒やされてもいる。夢通ったところで特になにをするわけでもない。ただいつもの岩で会話をするだけだ。
会話の内容は、最近の都の話しだったり、山の話しだったりと、割と他愛もない話しをしている。しかし、真夏とそんな時間を過ごしているだけで癒やされるのだ。
本当は現で直接会って共に時間を過ごせれば良いのだろう。けれど、それをはねつけたのは博嗣だ。真夏は現でも会いたいと泣いたのだ。しかし、それは聞き入れなかった。博嗣とてそうしたかった。
けれど真夏は貴族で、現在は元服を済ませ宮中に参っている。そして博嗣は鬼だ。現で会ってしまったら、2人の間の線引きが曖昧になってしまわないかと怖かったのだ。
鬼と人間。
共に生きようとした例がないではない。博嗣の父と母がそうだ。鬼の父に人間の母。2人は前回の大きな鬼狩りで命を落とした。
帝と呼ばれる父。父は少しでも多くの鬼の命を守ろうとした。そして母は、父と子供とを守ろうと命を張った。
けれど都の貴族たちは同じ人間である母に対しても容赦はしなかった。
命を張った母は悲しかった。けれど同時に、とても凜としていて美しかった。そして博嗣は思ったのだ。鬼と人間が一緒にいても、迎える結末は悲しいのだと。
自分がどう命を落とそうとそれは構わない。自分が命を落とすことで周りの鬼を守れるのなら、どうなっても構わないのだ。
しかし、自分と一緒にいることで、真夏が母のように同じ人間に殺される日がきたら……。
真夏は、人間に鬼がいる、と言っていたことがある。確かに、同じ人間である母に矢を向けた人間は確かに鬼だった。
だからこそ、真夏を巻き込みたくないのだ。
だからこそ、現では決して会わないと言ったのだ。
それが真夏にとっても自分にとっても、良いと思ったから。しかし、博嗣の甘さが出てしまったこともある。それが夢通いだ。
夢でなら。
夢でなら、真夏は悲しい最後を迎えなくていい。真夏の命を守るためであり、博嗣の心を守るためでもあった。
せめて2人が同じ種族であるのならば、こんなふうに苦しむことはなかった。
博嗣が人間であれば。
真夏が鬼であれば。
そうしたならば、博嗣は真夏と一緒にいただろう。現で笑いあっていただろう。しかし、種族が違った。博嗣は鬼で、真夏は人間だった。そうである以上、こうするしか道を選べなかった。
「また夢通いですか?」
冷たい水で顔を洗ったところで倫子に声をかけられた。
「そんなに夢通うのなら、会えばよろしいのに」
「会えるわけがない。真夏は、人間だ」
「先の帝のようになりたくないのですよね。それもわかりますが……」
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