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元服6

 倫子も先の鬼狩りを知っている。博嗣の父と母が命を落としたのを見ている。それでも、会えばいいと言うのだ。博嗣が真夏に惹かれているのを知っているから。  真夏と出会った時、真夏はまだ元服前の子供だった。とても真っ直ぐな目をしていた。その目に惹かれ、でもその一方、その目が怖かった。博嗣が心に思っていることを全て暴かれてしまいそうで。  それに真夏が貴族の子供であることも理由のひとつだ。  都の貴族は定期的に鬼狩りをする。真夏も元服し、宮中に参るようになれば、否応なく鬼狩りに参加するようになる。その時、真夏が博嗣を殺さなくてはいけないことがあるかもしれない。  しかし、博嗣に情が移ってしまえば真夏は苦しむだろう。それを考えると、どんなに懇願されても、どれだけ自分が真夏に惹かれていようと、現で会うことを受け入れるわけにはいかなかったのだ。  だが、倫子は、鬼と人間だからと言ってお父上やお母上のようになるとは限らない、と言うのだ。  そうかもしれない。それでも、絶対にそうはならないという保証もないのだ。だから真夏にいくら懇願されても現では会わないと決めたのだ。  結局は怖がりなのだ。  人間の身でありながら、鬼とその子供を守る為に、同じ人間に、慣れぬ太刀を持って立ち向かい、結局は命を落としてしまった母の姿が目に焼き付いて離れない。  2度とそんな光景を見ない為に、どんなに惹かれようとも現では会わない。いや、惹かれているからこそ会わないのだ。  それなら、仮に大規模な鬼狩りが起きても、真夏が同じ人間に殺される姿を見ることもないだろう。それは自分の恐怖心から来ていることだなんて、誰よりも自分が一番知っているのだ。 「現で会わないことでご自分のお心を守っているのかもしれませんが、会わないことで心を痛めることもあるのではないですか?」 「それでも、同じ人間に殺される姿は見たくない」 「それは逃げではないですか? 逃げる人生で幸せになどなれませんよ」  倫子は痛いところを突いてくる。  確かに逃げていて幸せになどなれないのかもしれない。けれど……。 「でも、それで幸せになるどころか、悲しむことだってある」 「悲しみと幸せ。どちらが大きいのでしょうね」 「……」 「過ぎたことを申しているのは百も承知ですが、私は帝に幸せになって欲しいのです。先の鬼狩りで、先帝とお母上、そして多くの鬼たちが命を落としました。それで苦しんでいらっしゃるのをわかっています。わかっているからこそ、幸せになって頂きたいのです」 「わかっている……」  真夏が人間に立ち向かって、母のように命を散らすところを見るかもしれない悲しみと、2人で共に生きる幸せと、どちらが大きいのだろう。2人で生きる幸せだろうか。  でも、その後に、真夏が母のように命を落としてしまうかもしれない。いや、その前に鬼である博嗣と共に生きることに疲れて、博嗣の前からいなくなってしまうかもしれない。それなら最初から一緒にいなければいい。それこそが最大の逃げだろう。そう思って苦笑する。  自分はどれだけ臆病なのだろうか。怖いと言いながら、会いたいという気持ちを消すことを出来ずに夢通いをしているのだ。博嗣は苦笑した。夢通いをしていたら情が移ってしまって意味がないということもわかっているのに会わずにはいられないのだ。  矛盾している。それでも、自分の目の前で命を散らしていく最後を、見たくはない。 「会いたい……」  現で会わないと決めたのは他でもない博嗣自身だ。そして、夢通いをしようと提案したのも博嗣だ。  それでも。  姿を見たい。  元服をして立派な男になったところを、一目でいいから見たい。一目でいいから……。

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