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元服7
「帝。お出かけでございますか」
「ああ。都にちょっとな」
「都に参るというのでしょうか。ご一緒いたしましょうか」
「いや、1人で行くよ」
「しかし、都へなどと危ない」
「人に化けて行くから大丈夫だ」
「……それではお気をつけて」
「わかっている」
そう言って山を出てきた。
都へ来るのはどれくらいぶりだろうか。父や母が生きていた頃が多分最後だ。2人が旅立って随分と経つ。
あの頃の自分は、母が人間だというのもあって、人間に親しみを持っていた。
けれど、先の鬼狩りの際に、母に向けた矢を放った人間を見てから、そのような気持ちはなくなった。人間など。貴族など我ら鬼よりもずっと残酷な存在だと思った。それから、人間に親しみを感じることも、都へ来ることもなくなった。
それなら何故、都へ来たのか。単純だ。都で過ごしている真夏の姿を一目見たいと思ったのだ。
夢通ってはいる。出会ったあの山の、あの岩で夢通っている。昨夜だって夢通っていた。けれど、元服を済ませ、貴族として都で過ごしている真夏の姿は夢通っているだけでは知ることができない。
だから。
だから、都にいる真夏の姿を一目この目で見たいと思ったのだ。
真夏は邸の庭の、四隅に常緑樹が植わった鞠場に、同じ年頃の青年貴族と蹴鞠をしていた。蹴鞠を楽しむなど、本当に貴族なのだな、と思う。
大人になったのだな、真夏は。
初めて会ったのは、まだ元服する前だった。髪上げ前の、髪を左右で結んだ姿はとても愛らしかった。今でも目の奥に焼き付いている。けれど、今、目にしている真夏は、髪を結い、烏帽子を被り、狩衣姿だ。
大人になったのだ。
本当ならば。自分が鬼でなければ。真夏が人間でなければ、元服を祝ってやることができた。けれど、自分にはそれができなかった。だからこうしてひっそりと姿を見るしかない。
もし、いつか。いつかの未来。鬼だということ。人間だということ。そんなことが、今よりも気にならなくなる時代が来たら、その時は、真夏のこんな姿を真正面から見たいと思う。
それまで。それまでは、夢通うだけで許して欲しい。
それにしても、友と呼べるであろう人といるのに、真夏はどこか寂しげな様子をしている。
そう言えば、夜、夢通っているときも最近は物憂げな顔をしているな、と思い起こす。
元服前は、こんな顔をしなかった。山にいた頃は、自分に切なげな顔を見せることはあったけれど、それでも笑顔が見られた。けれど最近の真夏は夢でも笑う事がなくなった。
それは都に戻り、元服を済ませたからか。元服を済ませ、右大臣、四条道隆の嫡男として生きるようになったからか。
もう真夏の笑顔を見ることはできないのか。
都の貴族として。鬼の敵として生きる真夏の笑顔を見たいなどと、鬼の帝として願うものではないのかもしれない。
それでも、鬼の帝としての身分を捨て、ただ生きる者として、叶うならば、真夏の本当の笑顔をもう一度見たいと思う。
「さて、帰るか」
都での真夏の姿は見た。そこには作り笑顔の真夏しかいなかったけれど、それでも夢での逢瀬では見ることのできない、貴族の青年の姿を見られたから。それで十分だ。
帰りがあまりに遅くなれば高光が心配する。
夜には夢でまた真夏に会えるであろう。それまでほんの数時間だ。だから今は、もう帰ろう。
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