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別離4

「逃げてももう棲む場所はない。結界が破られれば、私のような半端な鬼はすぐに見つかる。……もう、ここまでだ。後は、少しでも多くの鬼の命を救えるかどうかだ」 「そんなこと……言わないでください!」  真夏は駆け寄り、博嗣の袖を握った。温もりがある。確かに温もりがある。夢ではない。現の博嗣だった。 「あなたと夢で交わした言葉を私は信じていた。来世で会えると、あなたは言ってくれた。けれど、まだ今世の時が終わっていない。終わらせないで! あなたが生きていれば、私は……」  その時、遠くで鬨の声が聞こえた。犬の吠える声が近づいてくる。 「……来てしまったか」  博嗣はそっと真夏の手を解こうとするが、真夏は離さなかった。 「私が庇います。私の名にかけて。父の威光をもって、あなたを鬼ではないと告げることができる。だから、どうか。生きてください。現で会いたいなど、もう言いません。夢でもいい。会えるのなら。でも、あなたが死んでしまったら夢でも会うことはかなわなくなる」 「真夏……」  再び名前を呼ばれた瞬間、木々の間に射手の姿が見えた。矢が番えられた音がする。  時間がない。  真夏は咄嗟に博嗣の前に立ち、両手を広げた。 「射るな! この者に弓を向けるな! これは我が客人にして、鬼に非ず!」  大きな声が山に響く。矢を構えていた射手たちが動揺し、戸惑いの表情を見せる。  真夏の背に、博嗣の手がそっと触れた。 「真夏。ありがとう。……でも、ここから先は駄目だ。貴族のお前が私を庇えば、全てを失うかもしれない」 「すでに失っています。あなたを失っているのです。ならば、恐れるものなど何もありません」  真夏は、博嗣に背を向けたまま答える。その言葉を聞いて、博嗣は目を伏せたあと、そっと笑った。  ――この山で運命が変わる。  真夏はそう確信していた。 「……この者に弓を向けるな! これは我が客人にして、鬼に非ず!」  真夏の声が、霞む山気を裂くように響いた。矢を構えていた射手たちが、ためらいと驚きの色を浮かべて足を止める。  武将たちが戸惑いの声をあげる。だが、真夏は一歩も引かなかった。肩を震わせながらも、真っ直ぐにその身を博嗣の前に立たせた。 「私は、四条右大臣家の嫡子、真夏。この者は私の命により山中にて話しをしていた者。命をかけて申す。敵ではない」  一瞬、風が止まった。木々のざわめきも、鳥の声も遠ざかる。  しかし、そこに遅れて駆けつけた別の一団ー陰陽寮ーに付き従う武将が声を張り上げる。 「その者、鬼なり! 弓を引け!」  瞬間、空気が張りつめ、弓弦が引かれた音が山の静寂を裂いた気がした。 「……っ!」  博嗣が目を見開き、真夏の名を呼ぼうとするより早く、矢が放たれた。  その音と共に、真夏の体がわずかに仰け反った。緋色の狩衣に血が滲む。胸を射抜いたそれは、深く深く、心の臓に届いていた。   「……あ……」  博嗣の腕に真夏が崩れ落ちる。 「ま、なつっ!」  博嗣は膝をつき、真夏を抱きとめた。その腕の中で真夏は微かに笑っていた。 「生きて、ください……博嗣さま」  震える指が博嗣の頬に触れる。まだ温もりはある。 「私の命で、あなたが生きるのなら、悔いは、ありません……」 「なぜ……なぜこんな!」  博嗣の叫びに答えるかのように、風が再び吹き抜ける。草が揺れ、山が泣いているようだった。

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