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夢の男3

 その言葉を繰り返すと、胸の痛みが増していく。苦しさと共に、何かがこぼれ落ちそうになる。 「それが、思い出すべき”何か”と繋がっているのかもな」  鬼退治。その言葉は子供の頃から何度も耳にしている。日本の昔話なんてたくさん鬼退治ものがあるじゃないか。それは、ただの昔話の一部に過ぎなかったはずだ。  茨木童子。  酒呑童子。  渡辺綱。  今まで何も感じなかった言葉が、なぜ今、こんなに胸をかき乱すのか。 「鬼に何かされたのか? それとも……」  自分は鬼を知っているのだろうか。いや、もしかすると。   (自分が鬼を……。)    そう思った瞬間、胸の奥に、微かな声がした気がする。  それは風のように、掴めないほどに弱く、けれど、確かにあった。  鬼……。  それが鍵を握っているような気がした。 「鬼……か」  兼親が呟いた声は、どこか真夏とは違う響きを帯びていた。  懐かしむようでもあり、遠くの誰かに呼びかけているようでもあった。 「俺さ、忘れられないことがあるんだよ。多分小学校の頃だと思うけど、図書室で鬼の伝説とか妖怪絵巻の本を読んでたら、お前がじーっと見てきてさ、それ後で僕にも読ませてって言ってきたんだよ」 「そんなことあった?」 「うん。で、そのあと、鬼はほんとは悪くないのかも、って言ったんだよ。その時、変なやつって思ったから覚えてる。だって、普通、鬼って悪者じゃん」 「覚えてない」  記憶の中には残ってない。でも、どこか確かに鬼に対して強く何かを感じていた時期はあった気がする。  それはただの好奇心とかじゃなくて、もっと切実で、もっと切ないような感情。 「まだ、夢見るんだろ? ”銀色の髪の人”」 「うん。まだ思い出せないけど、ずっと見てる。顔ははっきりしないけど、懐かしい人だってことだけはわかる」  言葉にすると、胸の奥で何かが疼く。 「会いたいって思うとか?」 「うん。わからないままじゃダメな気がするんだ。思い出さなきゃ、会わなきゃって」  その時、笛の音が聞こえた気がして、胸の奥に刺さっていた痛みが、ほんの少し和らいだ気がした。 「今、笛の音聞こえた?」 「笛? そんなの聞こえないよ。それより、行ってみるか?」 「え?」 「大江山。そこに何かあるかもしれないじゃん。いや、何もないかもしれないけど、でもお前が鬼って言葉に反応するのも、元伊勢に行くことになってるのって偶然じゃない気がする」 「……」 「もし、それが夢の人と関係があるのなら――お前の過去と関係があるのなら、行く価値はあるだろ?」  真夏は一瞬迷った。けれど、次の瞬間、小さく頷いた。 「そうだね。大江山の近くまで行くんだし。行ってみよう。大江山に」  外はまだ暑そうだ。大江山は涼しいだろうか。大江山の空気。なんだか知っている気がする。   「よし、じゃあ元伊勢の話し、つめようぜ」 「そうだね。まずは外宮から」 「そうだな。外宮である豊受大神社に行ってから内宮の皇大神宮だね。天岩戸神社はどうする?」 「そりゃ行くよ」 「でも、鎖をつたって行くんだろ。ちょっと危険な感じがしないか?」 「だけど、見ないのももったいない」 「うーん……」  そう思ってスマホを見ていると、本殿に行く途中に本殿遙拝所があるのを見つけた。 「途中に本殿遙拝所があるみたいだな」 「じゃあ、実際に行ってみて決めよう。普通に行っている人いるから大丈夫だと思うけどな」 「そうだな。行くのは外宮に行く前にする? それとも内宮を行った後にする?」 「うーん。じゃあ内宮に近いから、内宮に行ったあとにしよう」 「で、その翌日、日本の鬼の交流博物館に行ってから大江山に行こう。なぁ。元伊勢に行くついでに天橋立も見て行かないか」 「そうだな。路線図見ると大江の先か。先に行くか後に行くか」 「先に行かないか。メインは元伊勢だし」 「そうだな、とりあえず大江の旅館は予約しなきゃね」 「じゃあ予約するか」  そう言うと兼親はスマホで予約を取った。  大江はホテル、旅館の類いが少ない。だから予約が取れないと大変だ。日程をずらす羽目になる。 「オッケー。取れたぞ」 「良かった」    そうやって元伊勢の旅行の話しは決まっていく。  行くんだ。大江山に。鬼がいる、と言われているところに。そう思うと心臓がまた”どくん”と跳ねた。

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