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夢の男4
「旅行楽しみだな」
「元伊勢だなんて、なかなか珍しいんじゃないか。普通、伊勢って言ったら伊勢神宮の方行くんじゃん?」
「文学部なめんなよ!」
兼親の言葉に真夏は思わず笑ってしまった。兼親と真夏は幼馴染みで、同じ大学で、しかも同じ文学部だ。
そして夏休みの話しをしていて、どこか旅行に行かないかという話しから、元伊勢に行くことに決まったのだ。
「まぁ、でもさ。伊勢に行くならまずは元伊勢に行くべきだと思うんだよな。だから夏休みが元伊勢だから、伊勢は冬休みだな」
「そうだね。だとしたらバイト頑張らないと」
「それな。まぁ夏休みも結構バイト入れてるから大丈夫じゃね?」
そんな楽しい旅行の話しをしていても、大学3年生にもなると大学生活もそろそろ忙しくなる。
「あーぁ。旅行終わってもずっと夏休みならいいのに。就活しなきゃだしさ。真夏はどうするか決まったのか?」
そう言いながら、兼親はストローをくわえて訊いてきた。
真夏は俯いたまま、グラスの結露を指でなぞる。
「ううん。っていうか、考えてると頭の奥がぼんやりしてくるんだよ」
「また夢の話し?」
「うん……多分そうかな」
いつからなんだろう。
自分が何かを探していると感じるようになったのは。
物心ついた時にはもう探していたけれど。
でも、ただの夢じゃない。もっと深く、もっと根っこにある。そんな間隔だった。
「子供の頃から見てたって言ってたよな、夢」
「そう。物心ついたときには、もう、誰かを探してた。まだ言葉だって流暢じゃないのに、頭の奥で必死に思い出さなきゃって思ってた」
「2歳とか3歳で?」
「うん。でも、それって普通では何も覚えてない歳だよね」
兼親は黙って真夏の顔を見ている。
「俺さ、多分だけど、空っぽなんだと思う」
「は?」
「いや、ごめん。変なこと言った。でもさ、どこかにぽっかり穴が開いている感じがするんだ。前からずっと。ずっと何かを待ってて、ずっと何かが足りない気がして……」
「何が足りない?」
「それがわかればいいんだけどね……」
真夏はふと空を見上げた。駅前のここは車も人も多い。だから、テラス席のここでは車の音も人の話し声も煩いはずなのに、その響きさえもどこか現実味がなかった。
「この世界が夢みたいに感じることってない?」
「お前……夏バテ?」
冗談めかして笑う兼親に、真夏も微かに笑い返す。でも、心の奥の隙間はやっぱり埋まらない。
昔からこうだった。目の前に誰かがいても、どこかに”本当に待っている誰か”がいるような気がしてならなかった。
「なあ、兼親。もしさ、もし前世があったとして、俺が誰かと大事な約束をしてたとしたらどう思う?」
「また突拍子もないな。でも、もし真夏がそう思うなら、信じるかもな」
「……ありがとう」
ありがとうと言いながら、真夏の瞳には少しの迷いがあった。
兼親の優しさに安心している。信頼している。それでも、それでは満たされない何かが、確かに胸の内に存在していた。
その”何か”が夢の中にいる”誰か”と繋がっているのではないかと、真夏は思っていた。
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