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鬼の記憶4

「待って!」 「……真夏?」  隣で寝ていた兼親が真夏の声で目を覚まして、真夏を見る。 「どうした? 大丈夫か?」 「あ、ごめん起こしちゃって」 「いや。それはいいけどすごい汗だぞ。夢?」 「うん」 「いつもの?」 「シーンとしては違うけど、同じ人。今日、初めて会話できた」  夢を見るのは子供の頃からだ。でも、会話はしたことがなかった。声を出そうとしても、声になっていなかったし、夢のあの人も何か言っているのだろう、唇が動いているのは知っているけれど、声として聞こえたことはないから会話にならなかったのだ。  だけど今日は声はきちんと出ていたし、彼の声もきちんと聞こえていた。だから会話になったのだ。 「なんだって?」 「会いたいって言ったら、俺が望んだらって」 「で、お前は会いたいのか?」 「うん。会いたい。会って、誰なのか、それでなんでずっと夢に出てくるのかはっきりさせたい」 「そっか。会えるといいな」 「うん。……って今何時?」  真夏は枕元のスマホで時間を確認すると、5時を少し回ったところだった。 「ごめん。まだ5時少しだ」 「いいよ。ちょっと早いけど起きちゃおう」  そう言って笑ってくれる兼親に真夏は救われる。兼親は優しい。大体、わけのわからない夢の話しを嫌な顔せずに聞いてくれるあたり、優しいと真夏は思う。 「せっかく早く起きたから散歩でも行ってみないか?」 「散歩? うん、いいけど」  着替えを済ませ外に出ると、外はまだ夜の名残をとどめていた。  まだ町が目を覚ましきらない山間の道を、真夏と兼親は並んで歩く。  夏ではあるけれど、朝のせいか空気はひんやりとしていて、夏の朝らしい湿り気を含んでいた。どこからか鳥のさえずりも聞こえる。目覚める気配が混じる静かな世界だ。  見上げれば夜と朝の境界線。空の端が淡く滲み、藍から朱へとゆっくり色を変える。 「なんか、夢の続きみたいだ」  真夏がぽつりと呟く。兼親は横目で真夏を見る。真夏はまだ夢の余韻を引きずっているようで、真夏の顔はどこか浮ついていた。けれど、それが不安ではなく、希望に近いものに見えたことに兼親は少し安堵した。 「なぁ。夢のその人ってさ、どんなやつなんだ?」  しばらく沈黙が流れてから真夏が答える。 「……綺麗な人だった。銀髪で。それで寂しそうな、でも優しい目をしてた」  兼親は黙って頷いた。なにも言わないのは、胸になにかがわだかまっていたからだ。  遠くで鳥が一声鳴き、朝の色が少しずつ濃くなっていく。今日も暑くなりそうだ。  宿を出てすぐの小道を抜けると、小さな社が現れた。古い木製の鳥居と手入れの行き届いた階段。真夏は足を止めた。 「寄るか?」  兼親が訊くと、真夏は頷いて石段をゆっくり登っていった。朝露を含んだ草の香りが漂ってくる。  拝殿の前に立つと、胸がざわめいた。理由はわからない。ただ、懐かしいような、呼ばれているような感覚。  手を合わせた瞬間、遠くで風が吹き抜け、木々がざわりと音を立てた。 「……ここ、前にも来たことがある気がする」  ぽつりとこぼれた真夏の言葉に、兼親は目を細める。 「夢絡みか?」  真夏は頷いた。  言葉より先に心の奥に染みこんでくるものがある。その感覚が、今、真夏の中にあった。  やがて社を後にして、再び並んで歩き始めた2人の前に、朝の光がゆっくりと差し込んできた。

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