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鬼の記憶6
真夏は祠の前で立ち尽くしていた。
夏の陽射しが木々の隙間から差し込み、小さな祠の屋根に影を落としている。鳥居のすぐそば。こんな場所にあったのかと兼親は少し驚きながらも隣に立つ真夏の様子に目を向けた。
「……知ってる」
ぽつりと真夏が呟いた。
「え?」
「ここ知ってる。なんでかはわからないけど、見たことがある」
真夏はゆっくりと祠の前に進み、手を伸ばす。指先が苔むした木に触れた時、目の奥にふと浮かび上がるように、どこか遠い景色が脳裏をよぎった。
もっと木は朽ちていて、風と川の音だけがして、人の気配も今より少なく、時代の匂いも違っていた。
岩の上の小さな祠。そばに立つ背の高い男の影。風が吹き、銀色の髪が揺れる。真夏は息をのんだ。
「記憶にあるのはもっと古い祠なんだ。今の形じゃない。もっと簡素で、周りも今とは少し違う。だけど、場所はここで間違いない……」
言っている自分がおかしいと真夏は思った。でも、心の奥が確信していた。ここだと叫んでいた。
「真夏、それって……」
隣で兼親の声が戸惑い混じりに響いた。だが真夏はその視線を受け止めず、ただ祠を見つめたまま口を開いた。
「やっぱり俺、何かを思い出しかけてる。ここに来たことがある。夢じゃなくて、もっと深い記憶として」
「前世とか、そういうやつ?」
「わからない。でも、例え前世の記憶だったとしてもこの場所は俺の中にちゃんと残ってた」
真夏がゆっくりと振り返ると、兼親の顔に言葉にできない複雑な表情が浮かんでいた。
戸惑い、驚き、そして少しの痛み。そんなものが入り混じっていた。
「なにかがあるんだな、この場所に。お前にとって」
「うん。多分、全部思い出す鍵がこの元伊勢、いや、大江にある。今はまだ見えないけど、でも、少しずつ近づいてる気がする」
風が吹いた。葉が揺れ、ざわめく音が2人の間を満たす。
兼親はしばらく黙ったまま、祠と真夏を交互に見つめていたが、やがて小さく息を吐いた。
「じゃあ、もう少しここにいる? 焦る必要は、まぁタクシーのことだけだし」
「じゃあ少しだけ。……ありがとう」
真夏は小さく微笑んだ。
自分の言っていることが突飛だとわかっていても兼親は否定しない。変に励ましもせず、ただ静かにそばにいてくれる。その存在が今は何よりも心強かった。
祠の前で並んで立つ2人の背に、夏の陽が差し込んでいた。湿気を含んだ山の空気が少しだけ澄んでいくような気がしていた。
そして、どこかで笛のような風の音のようなものが微かに耳の奥で鳴った気がした。
そうしてどれくらいそうしていただろうか。真夏が口を開いた。
「足止めしてごめん。そろそろ行こうか。タクシー待たせてるし」
「いいのか? 何か思い出したのか?」
「ううん。この場所で間違いない気がする。それは確か。でも、今はそれ以上は思い出せないみたいだ」
「そっか。じゃあ戻るか。明日、日本の鬼の交流博物館に行けばまた何か思い出すかもしれないし」
「うん」
そして2人は祠を後に、山道を登って帰路につく。
「なんか振り回してごめん」
「そんなこと気にするな」
「うん。ありがとう」
兼親の方を見て真夏が言うと、兼親は笑って返した。
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