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忘れられたもの5
スマホのアラームが鳴る直前。兼親は浅い眠りの中で夢の名残を感じていた。何か大切なものに触れた気がしたのに、目を開けた瞬間、それは霧のように消えてしまった。
そして次の瞬間、耳元で「起きろ!」という真夏の声が響き、思わず顔をしかめた。ああ、煩い。けれど、それもいつもの朝の風景だった。
のろのろと上体を起こしながら、兼親は真夏の顔を見つめた、夢から覚めたばかりのはずなのに、どこか凜としていて、何かを乗り越えたような表情をしている。それに気づいた瞬間、言葉が自然と口をついて出た。
「なんかいいことあった? 夢、見たとか?」
真夏は頷き、銀髪の人に会えたと言った。そして、もっと思い出したら現実で会えると約束をしたのだと。
兼親はそれを聞いて、胸のどこかがちくりと痛んだ。
真夏の夢の中にいるその人は、ただの幻想ではない。きっと現実のどこかに繋がっている。そう確信していたからこそ、焦りにも似た感情がこみ上げてくる。
「俺も手伝えることあれば手伝うからさ」
そう言いながら、兼親は自分の声がとても小さく感じた。手伝うことがあるのかどうかもわからない。でも、真夏が夢の中で誰かに会いたいと願い、誰かに心を寄せていることが、こんなにも胸をしめるけるとは思わなかった。
「じゃあ、その前に起きて。髪、寝癖ひどいぞ」
真夏に笑い混じりに言われて、兼親は苦笑する。そして不承不承起き上がると、ふと不思議な感覚に捕らわれた。
真夏の視線が自分の方へ注がれている。その目にはどこか懐かしさのような、言葉に出来ないものが宿っていた。
(なんだろう、今の目。)
ほんの一瞬のことだったが、まるで真夏が自分の過去を知っているような、そんな錯覚に陥った。いや、錯覚じゃないのかもしれない。ここに来てから、そんな感覚が何度もあった。夢の中で自分も何かを見ていたような気がする。言葉にならない思いが胸の奥でくすぶっている。
大江の旅は真夏にとって確実に意味のあるものだった。でもそれは、兼親にとっても同じだったのではないか。真夏の記憶の奥に触れようとする旅。それを支える立場でいようとしていた自分も、もしかすると……。
(俺自身が何かを思い出しかけているのかもしれない。)
その考えに至った時、兼親の中で何かが静かに芽生えた。もし、真夏が過去を思い出すのなら、自分もまた、あの夢の続きを見なくてはいけないのかもしれない。
真夏だけじゃない。自分もこの旅で何かに近づいていた。そんな確信のような感覚があった。
「なあ、真夏」
そう声をかけたが、口をついて出てきたのは別の言葉だった。
「今日の朝ごはん何かな? まぁ、ご飯と味噌汁があれば嬉しいんだけどさ」
真夏はふっと笑って、いいねと言った。その笑顔に少し救われるような気がした。それでも、胸の奥には、夢のように淡く、けれど確かに存在する感情が残っていた。
(お前の記憶の先に誰がいようと、俺は今ここにいる。それだけはきっと変わらない。でも、俺のこの気持ちは友情なのか、それとも……)
兼親はそう心の中で静かに呟きながら、支度をする真夏の背中をそっと見つめていた。
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