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前世の夢3

 大江から帰ってきて、鬼について調べはじめて数日が経つ。兼親のバイトが休みの時は2人で、兼親がバイトの時は1人で国会図書館に通っている。  真夏はちょうどバイトを辞めていたので、時間の全てを鬼に充てることができる。  今日は兼親のバイトが休みで、先ほどまで国会図書館で資料を探していて、今は夕食を食べにファーストフード店に入ったところだ。 「鬼伝説っていうと和良町と大江山が出てくるけど、数としては大江山が圧倒的に多いよな。和良町はひとつだけだし。真夏はその後、夢はどう? 色々調べてるから新しい夢を見たりしてないか?」 「それが、帰ってきてからは夢見てないんだよね」 「そっか。で、調べてみて、何か思い出したことは?」 「これと言ってないんだよね。兼親は?」 「ん……夢、見た」  ポテトをひとつ口に運んでから、兼親は言葉を探すようにしてから眉を寄せた。ファーストフード店のざわめきの中、真夏は小さく息を呑んだ。 「夢って……平安時代の?」 「そう。はっきりとは覚えてないけど、御簾とか蝉の声とか……。暑い午後だった。真夏がいてさ、ぼんやりと外を見てた」  真夏は口を挟まず、ただ黙って相槌を打った。そして、兼親がこれから語ることをひとつも聞き逃すまいと耳をすました。 「その真夏はさ、現代のお前とはちょっと違ってて、何ていうか、心ここにあらずっていう感じだった。話しかけてもどこか上の空で」  言いながら、兼親はひどくね? と小さく笑った。 「でも、話しはしてくれるんだ。正室に心が向かないって。で、側室の話をしたら、無理なんだ、って悲しそうに言ってた」 「……」 「誰かを想ってるんだろうな、ってわかった。で、相手は男なのかって訊いたら、驚いた顔をしたけど否定はしなかった。そういう時代だったしさ、男を想うことなんてそこまで珍しくないって言ってやったら、ちょっと笑ってくれた」  真夏は小さく息を吐いた。夢の内容もそうだけど、兼親がその夢をどんな風に語るのかと言う方が気になっていた。兼親の声にはどこか寂しさが滲んでいて、それが真夏の胸にひっかかった。 「そっか。俺、そんな夢の中でまで誰かを想ってたんだ」 「そう。で、俺はその横で話しを聞いているだけ。でも、真夏、誰が好きなのかは教えてくれなかったんだよな。ひどくね?」  兼親は冗談めかしてそう言うけれど、その目は真剣だった。 「なんだかちょっと悔しかったよ。夢なのに変だよな。でも……」  そこまで言ってから、兼親は1度口を閉じて、その続きを言おうかどうしようか悩んでいるようだった。 「でも、なんとなくわかった気がしたんだ。夢の中の俺も、お前のことずっと見てたんじゃないかなって」  真夏は驚いたように目を見開いた。それから視線を下に落とし、ストローをクルクルと回した。 「……それ、夢の中の話しだよね?」 「そうだよ。でも、俺、ちょっと思い出しちゃったんだ。大江から帰ってきてお前が夢を見なくなって。でも、俺は夢見て。なんか逆になってるよな」  ファーストフード店の照明の下で、互いの顔がほんの少し影って見えた。窓の外は薄暮に染まり、都心の灯りが次第に明るくなっていく。 「変な話しだけどさ。お前が思い出せないなら、俺が思い出すこともあるかもしれないな」 「……うん。そういうのもありかも」  真夏はそう言って小さく笑った。その顔は、どこか申し訳なさそうで、でも少しだけ安心したようでもあった。夢の中でも誰かを想っていて、それでも、その時も今も隣にいてくれる。それが心強かった。勝手かもしれないけれど。 「ありがとう。兼親」 「んー何が?」 「いてくれること。話してくれること」 「……当たり前だろ。お前が夢を見ないなら、その分俺が見て伝えるから」  そう言った兼親の声は思いのほか優しくて、真夏の胸にすっと染みこんでいった。

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