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前世の夢5
国会図書館に行くのは午後からだ。だから朝、ゆっくりとコーヒーを淹れて、先日古本屋で買った自費出版の資料本を開く。
そこでふと疑問に思う。自分たちは何も疑わずに鬼のことを調べているけれど、そもそも本当に鬼はいたのだろうか。元伊勢にいった時に、鬼の交流博物館に行ったけれど、何かを感じたのはあの笛と笛の音が聞こえたくらいだ。
あの笛は龍笛というらしい。雅楽で使われる笛なので、別に鬼とは関係がない。そうしたら、前世は――さっき見た夢が前世の夢だというのなら――平安時代の貴族らしいので、龍笛のことを知っていてもおかしくはない。
そうしたら、たまたま龍笛に反応しただけで鬼は関係ないかもしれない。真夏はそう考え始めていた。
そう考えていると、兼親からメッセージが届いた。
『今日は国立博物館に行かないか? 酒呑童子の首を切ったって言われる”童子切安綱”っていう刀が展示されているから。大江山で酒呑童子のことは反応しなかったけど、わかんないじゃん?』
酒呑童子の首を切った刀……。それを見たら何か思い出すだろうか。大江山では何も感じなかった。でも、感じなかったのは酒呑童子であって、刀はわからない。多分、何も感じないだろうけれど、その刀に紐付けられて何か思い出すかもしれない。そう思って兼親に返信する。
「そうだね。じゃあ2時に迎えに行くよ」
『了解』
こうして今日の予定が変わった。
鬼退治があったと言われているから、酒呑童子だけじゃなく他の鬼の首も落としているかもしれない。そうしたら刀で何か思い出すこともあるかもしれないと真夏は思った。
そうだ。大江山の鬼退治で伝承があるのは3回だけど、記録に残っていないだけでもっとあるかもしれない。そうしたら鬼退治のことをもっと調べた方がいいかもしれないと思う。でも、どうやって? いや、そもそも本当に鬼がいたのかさっき疑問に思ったばかりだ。だとしたら、本当に鬼がいたのか調べた方がいいだろう。そして、鬼退治のことを調べて……。
でも、どうやって本当に鬼がいたか調べたらいいのかがわからない。資料が残っているということは本当にいたということだろうか。でないと、自費出版までしないだろう。
出かけるまでにはまだ少し時間がある。コーヒーを飲み干し、真夏はもう一度机に広げた資料本へと視線をやった。
鬼は本当に存在したのか。その問いは単なる好奇心ではなく、自分の過去、自分の正体に関わるような気がするのだ。
もし、鬼が実在しなかったとしても、誰か、鬼と呼ばれる存在はいたのだろう。異形の姿だったか、異なる価値観を持つ者だったのか。
鬼を「退治」した、という伝承には勝者の都合の良いように書かれていることもあるだろう。だからこそ、記録に残らなかった側の声に目を向けるべきではないか。
ふと、夢に繰り返し現れるあの銀髪の人は、鬼なのか、人間なのか。何とはなしに、あの人のことを鬼と捉えて調べているけれど、ただの人だという可能性だってある。そうしたら記録になんて残っているはずない。
だけど、どこかで人とは違う何かを感じている。あの人が人間だとしたら、鬼に反応する自分に説明がつかないのだ。
そこまで考えたところで、思考を振り払うように真夏は立ち上がった。そろそろ支度をしなくてはいけない。博物館で何か感じられたら、きっとまた見えてくるものがあるはずだ。その為には、まずは支度だ。
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