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前世の夢6

 1時間後。  真夏と兼親は国立博物館にいた。平日の昼間ということで人は少なかった。  特に見たいものがあるわけではないので、酒呑童子の首を切ったと言われる刀、”童子切安綱”へまっすぐに行く。  ”童子切安綱”の前で立ち止まった真夏は、ガラス越しに刀を見つめた。青白い照明の中、静かに眠るそれは、時を越えてなお、何かを語ろうとしているかのようだった。  刃文は美しく、どこか冷たい。けれど、その冷たさの奥に何か熱いものが宿っている気がした。 「これが、鬼を斬った刀か……」  兼親が小さく呟く。それに対して真夏は何も言わない。兼親が何を言っていたのかわかってはいたけれど、それ以上に刀の持つ静かな圧に引き込まれていた。 「鬼狩り……」  その言葉を呟いた瞬間、視界が揺れた。気づけば自分は黄昏の山の中にいた。足元には血痕。夢のようで夢ではない、どこか現実から外れた空間。  騎馬を連ねた武将たちが山を進む。刀と矢を手に、その顔には恐れと興奮が入り混じっていた。鬼を狩る――それが彼らの正義だった。  そして木陰から彼らを追うように、ひとりの青年貴族が現れる。緋色の狩衣をまとい、真っ直ぐに歩く姿は自分自身。けれどその目には諦めの色があった。  風が吹く。土と草と血の匂い。懐かしく、けれど苦しい。  守りたかった。けれど――  あれは、何を選んだ顔だったのか。胸が締めつけられる。   (俺は……)  ふと、森の奥に気配を感じた。何かがいる。人ではない。でも、怖いとは思わなかった。それよりもどこか懐かしささえ感じた。  その時、視界がパッと白く弾けた。 「真夏?」  兼親の声がして、真夏ははっと我に返った。足元がふらつき、思わず展示ガラスの縁に手をつく。 「大丈夫か?」 「うん。ごめん、ちょっと貧血」  兼親は心配そうに眉をひそめながらも、それ以上は問わなかった。  真夏はもう一度刀を見た。先ほどまでの感覚は既に遠く、まるで夢のようだった。けれど、胸の奥には確かなざわめきが残っていた。  この刀は人を守るために作られたのか、それとも恐怖を形にしたものなのか。ただひとつ確かに言えることがある。  真夏はゆっくりと視線をあげ、展示の説明パネルに目を落とす。 『童子切安綱。源頼光が酒呑童子の首を斬ったとされる刀』  その説明文に書かれている名と、自分が見た情景の中には、重なる部分があった。 (俺は、本当に鬼を……?)  言葉には出来なかった。ただ、あの山の冷たい空気と、刀の重みだけが今も手のひらに残っているかのようだった。   

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