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前世の夢8

 風が竹の葉を揺らしていた。ざわざわと淡い緑の波が夜風に揺らされている。月は高く、けれど霞んでいて照らす対象のものの輪郭を曖昧にしていた。  そこはどこか懐かしく、それでいて現実とは少しずれた場所。夢の中だと真夏はすぐに気づいた。  竹林の奥で音がした。  細く、澄んだ音色。遠くで鳥が啼くような、けれどどこか人の心に触れてくるような優しい笛の音。真夏はその音に引き寄せられるように、音のする方へと足を進めた。  雨でも降った後なのだろうか。竹が濡れている。手を添える度に、ひやりと冷たさが伝わってくる。夢の中のはずなのに、空気も音も鮮やかだった。  やがて笛の主が見えた。月の光に照らされたその姿は、真夏の記憶に深く刻まれていた。いつものように白い着物を着て、上に淡い紫の衣をしどけなく羽織り、銀色の髪はいつものようにたらされたままだ。そして、前頭部から伸びる2本の角を持つ男。かの人――半鬼の男が竹笛を吹いていた。  その竹笛はかつて真夏が作ったものだ。まだ元服をする前の、幼かった真夏が。 「その笛……」  真夏が呟くと、銀髪の人の手が静かに笛を下ろした。 「この笛を吹くと、お前のことを思い出す。笛の音と夜の匂いと、お前の声と」  彼の目が月明かりの中、真夏を捕らえる。深い赤。けれどそれは怒りでも憎しみでもない。静かな情がそこに見えた。  真夏はそのまま一歩彼に近づいた。 「あたなは、鬼……なの?」  彼の角と赤い目を見たのは初めてだった。そして抱いていた疑問。  彼はしばらく黙っていた。笛を両手で包み込むように持ちながら、月を仰ぐ。 「鬼だ」  低く、けれど穏やかな声だった。 「人にとって私は鬼でしかなかった。例え半分であれ、血を引いているだけで、もうそう呼ばれる存在だった。確かに人間と違い、術を使える」 「でも、私は……」  言いかけて真夏は言葉を呑んだ。 「お前は私を人間のように見てくれた。だから忘れられない。例え、どんなに時を経ても」  笛が月の光に反射した。その音を聞くために真夏はここに呼ばれた気がした。眠りの中で、千年の時を超えて。 「じゃあ俺は鬼を好きになった人間ということになるのかな」    そう言うと銀髪の人は目を細めて笑った。悲しげに、けれどどこか嬉しそうに。 「お前が誰かなんてどうでもいい。人でも、鬼でも。ただ、お前がお前でいてくれればいい」  その言葉に胸が強く締め付けられる。夢の中だというのに真夏は目の奥が熱くなるのを感じた。  風がまた吹いた。笛が少しだけ、彼の手の中で小さく鳴いた。短く、細く、まるで啼くように。  真夏はその音を、心に刻むように静かに聞いていた。  そこで空が白くなってきた。目覚める時だ。  それに気づいた彼はどこか寂しく真夏を見ていた。 「……」  真夏はゆっくりと目を覚ました。そして夢を思い返す。  名も思い出せていない銀髪のあの人の前頭部からは2本の角が生えていた。それを見たのは今日が初めてだった。  でも、鬼と言っても半分だけ。それでも、人でないことは確かだ。だけど自分は怖いとは思わなかった。それよりも、自分は鬼だということが彼自身を傷つけている気がした。  だけど、まだ信じられない自分がいた。角のある姿を見てもなお、この世に鬼が存在することが信じられなかったのだ。 「鬼は、存在した?」  

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