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囁く声4

 朝食を食べ終わると博嗣はコーヒーを飲みながら、リビングの窓から山の景色を眺めていた。  考えることは真夏のことだった。真夏が現世に生まれ変わってから何度となく夢通ってきた。子供の頃はなんの夢かもわからなかっただろう。  けれど、今は全ての記憶が戻ったわけではないけれど、一部の記憶が戻って来ている。そして、夢ではなく現実で会いたいと言っている。 「全て思い出したら会ってくれますか?」  そう問われて、それを望むなら、と答えてしまった。けれど、本当に? 真夏が記憶を全て取り戻し、現実で会いたいと言われたら、本当に自分は会うと言うのだろうか。  博嗣の中では、平安時代のあの鬼狩りで真夏が自分を庇い、矢に射たれたことがまだ過去のものになりきっていない。  現実で会ってしまったら、また真夏を不幸にしてしまうのではないか。そう思うと会うことは怖いのだ。  けれど、真夏はあの頃と同じ真っ直ぐな瞳で博嗣を見てくる。その目に見つめられると否とは答えられないのだ。それは博嗣も心の奥底では会いたいと思っているからだ。  だから真夏が全ての記憶を取り戻さなければいい、などと考えてしまうのだ。 「博嗣さま」  そんな風に物思いに耽っていると、高光に声をかけられた。 「どうした。高光」 「水晶のことで」  高光は博嗣と違い完全な鬼で、博嗣よりも色々な術が使えるが、その中でも得意なのが水晶での未来を見ることだ。  そういうとまるで占いのようだけれど、対象物の未来が水晶の中にはっきりと見える。占いとは違い、100%未来の記憶が見える。 「何を見ていた」  博嗣がそう声をかけると高光は水晶をテーブルに置いた。 「昨夜から真夏さまの念が入って来ました」 「真夏の?」 「はい。そこで先ほど水晶を覗きましたところ、真夏さまが人界を捨て、こちらへ来るという未来が見えました」 「見せてくれ」  博嗣の言葉に高光は水晶の映像を見えるようにしてくれた。そこには、人界を捨て、こちらの鬼の世界へやってきて、博嗣と静かに過ごしている映像だった。 「!!」  高光の水晶に現れたということは、そう遠くない未来に必ず起きることだ。それを回避することはできない。 「先ほどの博嗣さまの言葉が聞こえました故、僭越ながら水晶を覗きました」 「そうか……」 「恐らく、そう遠くない未来、全ての記憶を取り戻されるようでございます」 「それでこちらに来るというのか。そして俺はそれを受け入れると」 「さようでございます」 「ありがとう、高光」 「博嗣さま。真夏さまは本気かと……」 「そうか」  高光は軽く頭を下げるとリビングを出て行った。  真夏がこちらへ来る……。  つまり、自分がそれを受け入れたということになる。  自分は本当にそれを受け入れられるのか、と博嗣は考えた。  会いたくないわけではない。真夏が生まれ変わるのを待っていた。夢通えるのを楽しみにしていたのは事実だ。けれど、その先のことは考えられなかった。いや、考えるのが怖かった。  自分を庇って死んだ真夏。鬼狩りがなくなって久しい。けれど、いつ何があるかわからない。つまり、また鬼狩りが起こる可能性だってゼロではないのだ。もしまた鬼狩りが起きたら、また真夏は自分を庇って死ぬのではないか。そう考えると怖いのだ。  高光の水晶に映っていた自分は、自分の気持ちをどう整理していたのだろう。博嗣はそう考えてコーヒーを飲んだ。  

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