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目覚めの香2

 目を覚ました瞬間、真夏は胸の奥に残る微かな香りに戸惑った。  夢の中のことなのに、確かにそこに沈香の匂いがあった。甘くて、でもスパイシーで重厚で懐かしい香り。  枕元に香を焚いた覚えはない。けれど、体にその気配がまとわりついているような気がして、真夏は自分の腕に鼻を寄せた。  何もない。けれど、香りは確かに記憶に残っている。  起き抜けの体に残るのは、あの夢の断片。銀の髪、そして遠くから響く龍笛の音。 「誰なんだろう、あの人」  ぼんやりとそう呟きながら真夏は支度をし、兼親との約束のあるカフェへと向かった。  カフェに行くと、兼親は奥の席に座っていた。テーブルにはアイスコーヒーのカップが既にあった。 「真夏、こっち!」 「待たせてごめんね」 「いや、たいして待ってないよ」 「俺も飲み物買ってくる」 「行ってらー」  お財布だけ持って、レジカウンターの短い列に並び、アイスカフェオレを買って兼親の待つテーブル席に戻る。 「――でさ、おい!真夏!何ボケッとしてるんだよ。話し聞いてないだろ」 「え? あ、ごめん」 「はー。もういいや。で、どうした。夢見たのか?」 「あ、うん」 「で、なにかわかったの?」  兼親の問いに真夏は目を伏せ、頭を横に振る。   「ただ、いいすごく印象的でいい香りがした」 「いい香り?」 「うん。多分、沈香だと思うんだけど、自信はない」 「なんで沈香だなんてわかるんだ?」 「以前、母さんがお香にハマってた時に嗅いだのによく似てたから。ちょっと違う気がするけど、多分、沈香だと思うんだ」 「その香りがして、真夏はどう思ったの?」  どう……。  思い出すと、また夢のあの香りがするようだった。 「懐かしくて、胸が締め付けられる感じ」 「っていうことは、その香りを知ってたんだな」 「その香りを知ってた?」  兼親にそう言われて考えてみる。  確かに懐かしかった。でも、夢の中でその香りがしたのは初めてだった。ということは記憶、だろうか。過去―前世―の記憶。そう考えるとつじつまがあう。 「以前にその香りを嗅いだのかな」 「そうかも知れないよ」 「それって、過去?」 「前世、じゃん? まぁさ、香りって印象に残りやすいっていうよ。ブルースト効果、とか言ったかな」 「ブルースト、効果……」 「そ。海馬に刺激を与えるんだったかな? 香りから色々思い出したりするって言うから」 「そうなのか。でも、あれは沈香だけの香りじゃなかったな」 「何か混ぜてたのかな? よくわからないけど。でも、何か思い出すかもよ。調べてみたら?」 「うん……」  前世の香りを夢を介して記憶を取り戻すのはあるんだろうか、と真夏は考えた。 (兼親の言うとおり、調べてみようかな……)  「何か思い出すといいな」 「うん。いつもありがとうね、兼親」 「どういたしましてー。まぁ、真夏が記憶を取り戻す手伝いが出来たらいいよ」  そう言って笑ってくれる兼親に、どこか胸が痛くなった。  なんでだろう? そう思いながら、気づかないふりをした。

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