67 / 99
目覚めの香2
目を覚ました瞬間、真夏は胸の奥に残る微かな香りに戸惑った。
夢の中のことなのに、確かにそこに沈香の匂いがあった。甘くて、でもスパイシーで重厚で懐かしい香り。
枕元に香を焚いた覚えはない。けれど、体にその気配がまとわりついているような気がして、真夏は自分の腕に鼻を寄せた。
何もない。けれど、香りは確かに記憶に残っている。
起き抜けの体に残るのは、あの夢の断片。銀の髪、そして遠くから響く龍笛の音。
「誰なんだろう、あの人」
ぼんやりとそう呟きながら真夏は支度をし、兼親との約束のあるカフェへと向かった。
カフェに行くと、兼親は奥の席に座っていた。テーブルにはアイスコーヒーのカップが既にあった。
「真夏、こっち!」
「待たせてごめんね」
「いや、たいして待ってないよ」
「俺も飲み物買ってくる」
「行ってらー」
お財布だけ持って、レジカウンターの短い列に並び、アイスカフェオレを買って兼親の待つテーブル席に戻る。
「――でさ、おい!真夏!何ボケッとしてるんだよ。話し聞いてないだろ」
「え? あ、ごめん」
「はー。もういいや。で、どうした。夢見たのか?」
「あ、うん」
「で、なにかわかったの?」
兼親の問いに真夏は目を伏せ、頭を横に振る。
「ただ、いいすごく印象的でいい香りがした」
「いい香り?」
「うん。多分、沈香だと思うんだけど、自信はない」
「なんで沈香だなんてわかるんだ?」
「以前、母さんがお香にハマってた時に嗅いだのによく似てたから。ちょっと違う気がするけど、多分、沈香だと思うんだ」
「その香りがして、真夏はどう思ったの?」
どう……。
思い出すと、また夢のあの香りがするようだった。
「懐かしくて、胸が締め付けられる感じ」
「っていうことは、その香りを知ってたんだな」
「その香りを知ってた?」
兼親にそう言われて考えてみる。
確かに懐かしかった。でも、夢の中でその香りがしたのは初めてだった。ということは記憶、だろうか。過去―前世―の記憶。そう考えるとつじつまがあう。
「以前にその香りを嗅いだのかな」
「そうかも知れないよ」
「それって、過去?」
「前世、じゃん? まぁさ、香りって印象に残りやすいっていうよ。ブルースト効果、とか言ったかな」
「ブルースト、効果……」
「そ。海馬に刺激を与えるんだったかな? 香りから色々思い出したりするって言うから」
「そうなのか。でも、あれは沈香だけの香りじゃなかったな」
「何か混ぜてたのかな? よくわからないけど。でも、何か思い出すかもよ。調べてみたら?」
「うん……」
前世の香りを夢を介して記憶を取り戻すのはあるんだろうか、と真夏は考えた。
(兼親の言うとおり、調べてみようかな……)
「何か思い出すといいな」
「うん。いつもありがとうね、兼親」
「どういたしましてー。まぁ、真夏が記憶を取り戻す手伝いが出来たらいいよ」
そう言って笑ってくれる兼親に、どこか胸が痛くなった。
なんでだろう? そう思いながら、気づかないふりをした。
ともだちにシェアしよう!

