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目覚めの香6

 その夜、真夏は酷く疲れていたはずなのに眠りは浅く、夢の入り口を彷徨うように意識が漂っていた。  やがて懐かしい香りがふと鼻をかすめた。沈香に似た深い香り。その香りが漂ってきた瞬間、視界が揺れ、夢の中へと引き込まれる。  木々のざわめき、淡い月光。そして、あの人がいた。銀の髪、深い赤い目。夢の中ではもう彼の姿を見失うことはなかった。  静かに目が合う。胸が締め付けられるほど懐かしく、苦しくなる。けれど、真夏は今度こそ問わずにはいられなかった。 「……俺が全てを思い出したら、現でも会ってくれますか?」  真夏がそう問いかけると彼は少し考えてから口を開いた。 「……お前がそう望むなら。ただし……」 「ただし?」 「全てを思い出したら、だ」  条件付きのイエスだった。けれど、会ってくれるというのが嬉しかった。 「じゃあ約束してください。全て思い出したら会ってくれるって」 「ああ。約束しよう」  約束までしてくれた。そうしたら頑張って全ての記憶を思い出さなければ。今まで、ゆっくりだったけれど思い出せた。本気になればきっともっと思い出せるはずだと思った。 「……そんなにしてまで私に会いたいか?」 「はい。だって、小さい頃からずっとあなたの夢を見ていたんです。何度も何度も。そこまで夢に見るのなら、きっとそれだけの意味があると思うので。だから会いたいんです」  真夏がそう言うと彼は口を閉ざした。そしてふと疑問に思った。真夏が子供の頃から繰り返し夢を見てきたということは、彼もずっと同じように夢を見てきたということだろうか。  そうだとしたら、どんな気持ちで会っていたんだろうか、と真夏は疑問に思った。 「あの……俺が小さい頃から繰り返し夢見ていたということは、あなたも子供の頃から? ずっと前から俺の夢を見ていたっていうことですよね?」 「そうだな」 「それならなんで会おうって言ってくれないんですか? 本当は会いたくないとか?」 「そういうわけじゃない。ただ、私と会ってもいいことはない。それだけだ」  会ってもいいことはない? その言葉に真夏は首をかしげた。ということは、彼は全ての記憶があるということか。なんで自分には記憶がないのに、彼には記憶があるんだろう。  真夏にとっては前世の記憶だ。思い出すのは容易ではない。だけど彼が全ての記憶を持っているとしたら、真夏よりも早いスピードで思い出したのか、または生まれ変わったわけではないか。  生まれ変わったわけじゃないとしたら、真夏にとっての前世、つまり平安時代からずっと生きていることになる。それこそ1000年以上も。  そんなことは可能なんだろうか。人間でなければ可能なのか。真夏にはわからない。いや、どうして記憶があるのか、そんなことはどうでもいい。真夏にとって大切なのは会ってくれることだ。だから今はそんなことは考えずに、記憶を取り戻すことだけ考えよう。真夏はそう思った。

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