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現代の伝説2
博物館を一通り見終え、出口に向かって歩いているところだった。ちょうど館の外で休憩していた年配の男性が真夏に気づいて会釈をしてきた。観光案内の札を首から下げていて、地元のガイドのようだった。真夏も軽く会釈をすると、自然に会話が始まった。
「今日は随分熱心に見てたね。鬼に興味があるの?」
「……ええ。ちょっと気になることがあって」
「そうか。昔からこの山では夜になると笛の音が聞こえることがあるんだよ」
その言葉に真夏はどきりとした。
「笛の音? それって、どんな音だったんですか?」
男性は目を細めて、遠い記憶を探るようにしばらくだまったあと、ぽつりと言った。
「寂しげでな……でも懐かしいような音だったよ」
その瞬間、真夏の胸が強くざわめいた。それは夢の中で何度も聞いたあの笛の音と印象は同じだった。
真夏は胸の奥が不意に締め付けられるような感覚に襲われた。
夢の中で何度も聞いた音――遠くから微かに響いてくる、悲しげで、でもどこか温かく、懐かしさを帯びた笛の音。その旋律が年配の男性の言葉とぴたりと重なった気がした。
「いつ頃聞こえたんですか? 最近もまだ聞こえるんですか?」
真夏が勢いづいて訊くと、年配の男性は一瞬びっくりした顔をしたが、しばらく考えてから教えてくれた。
「そうだなぁ。言われてみれば最近は聞こえてこないね。でも、昔はよく聞こえてきたよ。山の方から風に乗って聞こえて来て、両親に訊いたら、山の神様の笛の音だから手を合わせないと教えられたね。だから、ありがたいものなんだって思っていた」
手を合わせる。その言葉に真夏の中でひとつの映像が浮かび上がる。
夢の中、銀色の髪の人が岩の上で笛を吹いていた。その姿を見て、|鬟《みずら》を結っている男の子が両手を合わせていた映像だ。
これは、過去の記憶なのか。手を合わせているあの子は自分なのだろうか。恐らくそうだろう。
「その音を聞いたのって、どの辺りですか?」
「山の西側。ここから山に入ったら右の方へ行った杉林の方かな。今ではあまり人が入らんけどな。道もあるようでないようなもんで獣道に近い」
それを聞いて真夏は大江山の地図を鞄から取りだし、言われた辺りを探す。
「それはこの辺ですか?」
「そうそう。その辺り」
あの笛の音は現実に存在していた。夢の中だけのものではなかった。その事実に、現実と夢の境界がゆらりと揺らぐような不思議な感覚に陥る。
「教えてくれてありがとうございます」
「なんのなんの。こういう話しを気に留めてくれる若い子がいてくれるだけて、なんだか嬉しいよ」
男性はそう言って笑う。
「行ってみるかい?」
「明日にでも行ってみたいと思います」
「そうだね。もうすぐ暗くなるからね。でも、もし俺より詳しい話しを聞きたいのなら、ヨネ婆さんを訪ねるといい。この山のことなら詳しい」
もっと詳しい人がいる。その言葉に真夏の胸は弾んだ。もっとあの人のことが聞ける。そう思うと嬉しかったのだ。あの人は1人じゃないと言われているようで。
「その方にお話しを聞きたいのですが……」
「うん。そしたら俺の方から話しをしておくよ。君の名前は?」
「四条真夏です」
「わかった。じゃあ明日ここで会おうか。連れて行くよ」
「ありがとうございます!」
「なんのなんの。いい話しが聞けるといいね」
「はい」
そして男性は館内へ入って行った。
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