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三、古き友との再会かな

 朝の陽射しは、どこか現実めいていた。  まぶたの奥に滲む光に、愛流はゆっくりと目を開けた。  見上げた空は、木漏れ日を通して、まるで金色の霧が差し込んでいるようだった。 「……あれ……?」  そこは、もうあの神域ではなかった。  祠の空間は消え、周囲はただの森だった。  満守の姿も見えない。自分が眠っていたのは、木の根元だった。  けれど――  空腹はない。後頭部にあったはずの傷も、もう痛まなかった。  身体の芯に、あたたかさだけが残っていた。 「……夢じゃ、ねーよな……」  そう呟きながら立ち上がる。スニーカーの底に森の土が吸い込まれ、朝露に濡れた草が足元を撫でた。  ふと、懐かしい音が耳に届いた。 「おーい! もしかして、アイルーか!?」  軽快な声に振り返ると、ひとりの青年が手を振って駆け寄ってきた。  茶髪にピアス、シャツのボタンは半分しか留めていない。  どこか悪びれたような、それでいて明るい笑顔を浮かべている。 「……え、マジで? 狐塚!? えーと、なんだっけ下の名前。ま、どうでもいいか。うわ、クソ懐かしいな!」  思わずテンションが上がり、愛流も笑いながら手を振り返した。  小学校時代の同級生――田舎暮らしの頃、数少ない〝まともに喋れた〟相手だった。 「ひどすぎだろ、同級生の名前忘れるとか」 「悪い悪い、でも苗字は覚えてるから許せよ」 「なんだよ、おまえ。都会で死んだかと思ったわ」 「うっせ、ゾンビみたいに戻ってきたんだよ」  二人は拳を軽くぶつけ合い、笑い合った。  そのまま近くのベンチに座り、ジュースを買って乾杯。  田舎の夏は、湿度が高くてぬるくて、だけど――どこか心地よかった。 「小学校の時転校してったきりだったからな。今回は帰省かなんか?」 「まあそれに近いな」 「狐塚はずっとこっちにいるんだっけ?」 「そうだよ、オレこの街好きだからね」  愛流は少し目を細めて、缶を傾ける。 「……なあ、ちょっと聞きたいことあるんだけど」 「ん?」 「山に祠あんじゃん?」 「ああ、おまもりさまのこと?」 「おまもりさま?」  狐塚の目が、ふっと細くなった。 「正式には満守命だったかな。江戸後半か明治初期辺りに飢饉から救ってくれた神様なんだってさ」  その響きに、愛流はゆっくりと息を呑んだ。 「へえ……そうなんだ」 「今でも信仰してるのはジジババくらいのもんだし、祠もぼろぼろだし。山の奥は崩れやすいからあんま行かない方がいいぞ」  狐塚はしばし黙って、缶の底を見つめる。 「アイルー、行ったの?」 「まあ……なんとなく、懐かしくなって。で、行ったら、……うん。なんか、変な感じっつうかさ」 「変な感じって、どんな」  愛流は曖昧に笑った。 「いや……夢見てたみたいな……」 「へえ」  狐塚は、目の奥だけ笑っていない顔で、愛流の横顔を見つめた。 「じゃあ――また行くなら気をつけろよ。祠、手入れしといて損ないよ。……きっと喜ぶだろうから」 「……ん。ありがと」  ◆  その日の夕方、愛流は近くのスーパーで菓子を買った。  子どもの頃、よくこっそり買い食いしてたお気に入りの小袋ラムネと、塩まんじゅう。  それを紙袋に詰めて、再び山へ足を運ぶ。  祠の前に立ち、供物を置き、手を合わせた。 「……満守命、か。ちゃんとした名前、初めて知った」  その声に、草のざわめきが応えた。  背後に気配を感じて振り返ると、そこに満守が立っていた。 「また来たのですか」 「いつでも来ていいっつったのミモリだろ……ああいや、満守命」  満守の頬が、ほんのりと赤く染まった。 「……久しく、そう呼ばれることもなかったもので」 「じゃあ、俺が……呼んでやるよ」 「……まあ、寄ってゆきなさい。……わたしも、少し、腹が……いや、気配が気になったので」  照れたように現れた満守命が、供えられた塩まんじゅうを不器用に指先でつまんでいた。 「……なんか、おまえ、ツンデレ?」 「つ、ん……?」 「……ま、いいや。食え食え」  二人の距離が、また少し縮まる。  そして、静かな山の中に、少しだけ笑い声が響いた。

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